ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

恒常的状態:理屈と規則


理屈は
通るから理屈であって
無理やり通す理屈は
理屈というよりも
規則といったニュアンスが強くなる


それでも
規則と言うことになっても
なぜのその規則があり
なぜその規則を守らなければならないのか
といったことを説明しなければならなくなり
理屈を出すことになる


だから
始めから
理屈と規則がごちゃ混ぜになっていて
その理屈や規則を知っていようが知るまいが
なんだかんだと
押し付けられることになる


そうなると
理屈に対しても
通っているからこその理屈なのではなく
規則をお他人さまに押し付けるための道具に過ぎない


そんなこんなで
このような道具としての理屈が闊歩して
社会の隅々に行き渡ると
その理屈は
何処へ行っても通用する
立派な理屈に成長する


立派な理屈に成長しても
このようにして育った理屈は
過保護に育った理屈に過ぎず
その社会から外れ
保護のベールを剥がされると
タダの屁理屈になってしまうのだから
かわいそうなものである


はじめからどこへ行っても通用する理屈は
成長することもなく
ただただ理屈であり続けている


でもそんな万能な理屈はどこになるのだろう


DNAの塩基配列とアミノ酸の関係も
規則であって理屈ではない


セントラルドグマに保護され成立している規則に過ぎない


このような規則の中で
理に適っていると作用産されているだけだ


まあ
地球生命の現象社会の中では
超一流の理屈なのだから
万能な理屈といっても実質的な不便はない
それでも
地球外生命にとっては
単なる屁理屈だ


そんな屁理屈があって
はじめて生命現象が維持されているのだから
どんなつまらない屁理屈でも
無くなってしまえば
秩序の維持に支障をきたす


社会を維持している
さまざまな屁理屈も
愛すれば立派な理屈になるのだ


どんなにバカにしたくなるような一寸の屁理屈にも
五分以上の魂が宿っているに違いない

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