ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

 動的秩序は規則的反応の調和的集合体。ルアーは反応をもたらす物質の最適化の象徴。情報の流れの中で規則と調和が繰り返えされる。

観察による態度変更という相互作用による秩序形成


人を愛するということと
人を利用するということに
違いがある


法律を愛するということと
法律を利用するということにも
違いがある


法律は人ではない
それでも
人に対するように
愛することも
利用することもできよう


愛するのも
利用するのも
その述語の主語の態度だ
そして
人と法律は
その対象だ


対象に応じて
態度を変える主体がいるから
述語とその対象の組み合わせが
様々に組み替えることができる


対象により
態度を変えること
これには
対象の観察が不可欠だ


観察する主体が
観察される対象でもある


人間関係だけではない


法律も観察されるばかりではなく
間接的に
観察している存在である


対象である人に応じて
法律の態度が変わる
この変容が
利用されている法律になるのか
愛される法律になるのかの
分かれ道になったりする


観察されているといいうこと
秩序維持にとって
とても大切なことだ


ーーーーー
メモ


奉じるという言葉もある


愛するのでもなく
利用するのでもない
奉じるという言葉がある


滅私奉公という言葉ある


観察し態度を変えること
意を社会に活かすことも
許されないということだろうか


利用されるだけということなのかもしれない


はたして
私は法律に愛されている側であろうか?

そんなことを考えさせられる



異質なものが多数ある中で
公平を感じるためには
何が必要なのだろうか?


答えはたくさんありすぎて
これと特定はできない
時代によっても変わってしまう


答えは風の中ということなのだろう



ありがとうございます


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