ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

対応的同一:シュレーディンガーの猫


コップの中の水を二つに分け
そのうち一つをそのまま常温で放置して
もう一つを-20℃の部屋に持ってゆくと
常温で放置された水は水溶液のままで
-20℃に持ってゆかれた水は氷となる


だから
水には
水溶液である状態と
氷である状態があるという


そこに
へそ曲がりが口をはさんだ
「コップの水を2つに分けたけど
 それぞれは違うコップに入っているから
 どうして同じ水と言えるんだ?」


「同じコップの中の水は均一に混ぜられていれば
 どこを取っても同じ水だから
 2つに分けても
 3つに分けても
 どれもみな同じだよ」


「そうなんだ
 でも
 同じコップに入っていなければ
 違う水かもしれないということだよね」


「そうだな」


「じゃあ
 常温のコップの中の水と
 -20℃のコップの水は
 違うコップに入っているから
 違う水かもしれないね」


「それなら
 -20℃のコップを
 常温に戻してみるといい
 きっと
 氷が解けてみずに戻るから」


「ほんとうだ
 水に戻った
 でも
 水が変わったのかなあ
 -20℃の部屋の空気には
 何か水に混ざるものが入っていて
 それが入ったから固まって
 常温の部屋に戻したら
 そいつが出て行ったからかもしれないね」


「温度ではなくて
 部屋の空気が違うから
 氷になったり水になったりするかもしれない
 そういうことかな?」


「同じ部屋なら
 同じ空気が入っているけど
 違う部屋なら
 違う空気が入っていてもおかしくないよね」


「確かにそうだな
 でも
 どこかで妥協しないと
 同じにならないよ」


「妥協かあ
 これとあれは同じってことにするんだね」


「そうだ
 コップが違っても
 部屋が違っても
 中身は同じと考えないと先に進めない
 同じと考えるところと
 違うと考えるところのメリハリが大事なんだ」


「妥協して
 同じところと
 違うところを
 大げさに考えないといけないということかい」


「そうだ」


「だからどんどん
 同じと違うの差が大きくなるんだ
 僕と君の顔は
 どちらも目横鼻縦で
 大して違わないけど
 とても違うように見えるのはそのせいだね」


「ああ
 そのとおりだよ
 見る側の主観で
 小さな違いも大きくなるんだ」


「コップの中の水にも個性があるけど
 みんな同じに見る主観がないと
 実験もできないね」


「だから
 同じことを何回も繰り返すんだ
 同じようなコップをいくつも用意したりするんだ
 何回やっても
 どのコップを使っても同じなら
 同じものだったんだって
 わかって来るよね」


「そうだね
 後から同じだってわかるんだ
 初めから同じとはわからないけれど
 後から同じだったって思うんだね」


同じは
初めから同じではなく
後から気が付くものかもしれません


そして
同じじゃないと思うと
同じではなくなるものなのでしょう

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