ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

 動的秩序は規則的反応の調和的集合体。ルアーは反応をもたらす物質の最適化の象徴。情報の流れの中で規則と調和が繰り返えされる。

言葉が操る世間様


授業中や
会議中に居眠りをしていると
怒られる


怒られないにしても
「あいつ寝ている」という目で見られることになる


それは避けたいと思う気持ちがある
この気持ちが社会性だ


この気持ちが欠けていると
「寝るな」と叱られても
機能しない


土地を所有していても
あまりに自分勝手な使い方をしていては
怒られる


ペットを所有し飼育していても
あまりに自分勝手な買い方をしていては
怒られる


怒られない様にしようという気持ちがあれば
怒られれば治る
しかし
怒られても自分勝手を優先することも可能だ


懲りない人は
社会性が相対的に低いということなのだろう



誰しも
「なぜ怒られなければいけないのか?」
「なぜそこまで言われなければならないのか?」
そう心の中で思う経験はないだろうか?


これを飲み込み黙するか?
それとも反撃するか?


反撃する場合においては
ある世間様を理由に怒られたた
別の世間様も持ち出して反撃したりすると
世間様対世間様の議論が展開され
社会的紛争への道が開ける


「自分の勝手だろう」と反撃すれば
個人対社会の議論への道が開ける


小競り合いや
言いがかりを含め
議論が世間様を育ててゆくことになる


言葉の利用価値のひとつだろう


ーーーーーー
メモ


画一的標準に沿って
皆が行動する社会は
紛争はないが
自由もない
そんな傾向が強くなる


標準が緩くなれば
個人の自由は広がり
紛争の種も多くなる
大きくもなるだろう


どの程度の
標準が好ましいのか


様々な議論があれば
あるほど好ましい


そう考えるのが
言論の自由の強調路線だ


和をもって貴しとなすの
十七条の憲法では
話し合うことが大切と書いてある


言葉をつかえるのだから
言葉を使い和すれば
言葉へ感謝も増すだろう


ありがとうございます


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