ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

 動的秩序は規則的反応の調和的集合体。ルアーは反応をもたらす物質の最適化の象徴。情報の流れの中で規則と調和が繰り返えされる。

根源的自由と都合の良い自由


「正しい」ことがたくさんあると
自由になれる


「正しくない」ことも平気でできると
自由になれる


背筋が伸びた正しい姿勢に
憧れる
不自由なことかもしれないが
正しい姿勢がいい
身体のゆがみが
体の不調や
心の不調につながる


自由を求め過ぎると不便になる


究極の自由が無秩序なのだから仕方がない
命で言ったら
死んでいる状態だ


それでも自由でいたいと思う


人間でいるよりも
鳥の方が自由に空を飛べるし
猫のように気ままに昼寝もしてみたい
犬のように屈託なく過ごすのもよいかもしれない


秩序は窮屈なところがある
その窮屈に耐えるのがつらい時
自由が欲しくなる


人間でいる窮屈
私でいる窮屈
職務上の窮屈
過程上の窮屈
法律の窮屈


様々な窮屈の中で
社会が動いている


命の根源が窮屈なのだから仕方がない


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メモ


車にはねられた
動物の死体は
動かない


生きる自由を失った
と表現もできる


物質が生命から自由になった
そう表現もできる


生きる自由と
物質の自由


どちらが
より根源的な自由だろうか?


このような根源性とは無関係に
都合な良いことが自由であると考える傾向性が人間にある


この
都合の良い自由が「正しい」答えとなる


この原理が
生命の自然選択を駆動するのだから
都合の良いずるさが
生命の根源にあるのかもしれない


欲しいものを集め
要らないものを捨てる


これがなければ
命は維持できない


でも
それだけではない
品位というべき
継続可能性の制限があるからだ


手前勝手な都合ばかりを優先すると
駆除されやすい


命は不自由も引き継がなければならないようだ


ありがとうございます



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