猫対応と犬対応のバランスをとる意識
産まれてから
今までに
様々な
系譜的被造物に接してきた
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etc
それぞれの
被造物に
好意的に
敵対的に
忠誠的に
気ままに
対応を繰り返してきた
私の意識は
系譜的被造物たちが
集いぶつかり合う場所だ
大切な被造物が負け
泣いたり
勝って笑ったりしている
考えてみればおかしな場所だ
自分で自分と相撲を取っている
私が取り込んだ
ある被造物と
別の被造物が
じゃれたり喧嘩したりしながら
調整しあっているのだ
まあ
すべて私のすることだ
なかよく
和をもって貴しということで
ゆったり落ち着いて欲しいものである
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メモ
神対応
鬼対応というのがある
犬対応や
猫対応もあってしかるべきだ
犬は
主人のために
愛想を振りまき
主人のために
戦ったりする
忠誠なイメージがある
猫は
自分のために
愛層を振りまき
爪を立てる
自由なイメージがある
誰かのためにしている対応と
自分のためにしている対応がある
犬対応と
猫対応だ
どちらも必要で
捨てがたい反応だ
人には犬対応を求める猫を
わがままというのだろうか
犬対応を強いる権力があって
猫対応ばかりの無秩序が
秩序立てられ
効率よく社会が回っているのだろう
こわもての権力者にも
機能があるということだ
別の権力で代替え可能ではあるのだろうが、、、、
ありがとうございます