ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

予定と実践:出生率の低下と個人の自由

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「正義」と「善」は
どちらも好ましく推奨される目標ではあるが
どこかで違っている


「正義の味方」や「正義の御旗」という言葉が表すように
「正義」には敵をやっつけるようなところがある


「正義の鉄拳」という言葉もある


正義のためなら暴力もいとわないのである


暴力は
善というよりむしろ悪の部類だろう


正義のために悪をも肯定するのである


先日
「子供は一人で終わり」と寂しそうにいう男の人と会った


なんでも
奥さんがもう出産は嫌だというらしい


出産、子育ての負担が女性に重くのしかかっている


出産や子育ての負担を減らすために
子供を諦めるのである


これは
善であるのかもしれない


しかし
次世代の繁栄を損ねる「不正義」ということになりかねない


出生率を上げてゆくためには
「正義の鉄拳」が必要なのだろう


イスラエルでは宗教的要請で
出生率が高止まりしているという


イスラム国家であるイランでは
国の意向に沿い
急激に出生率が上がったり下がったりするそうである


社会を覆う「正義」が
個人の意向をなぎ倒し
「正義」を実践させている


これを力というのだろうか?


力のある正義は
そこに向けて人々が努力するのである


日本ではどこに向けて人々は度量を重ねているだろう


「お金が正義」というだけでは
どこか寂しい


しかし
それが個人主義の宿命なのではなかろうか
平和の証なのではなかろうか

思いそこに安住したがる自分がいる


個人の自由を得ようとして
お金を欲しがるのである


そして
お金と向き合うことで
社会性を維持しているのである

ありがとうございました

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