予定と実践:同じであるという基本
石のように動かない座禅僧
まるで置物の様である
置物はどっしりと
一日後にも
一年後にも
そこに堂々と座している
いつ見てもそこに在るのである
これが存在の基本である
変わってしまえば
その存在は無くなるからである
この基本に立ち返るべく
座禅僧は座して動かずを実践しているように見える
渋谷のハチ公も
座して動かず駅前公園に存在している
今度の日曜日の午前10時に
必ずハチ公はそこに存在しているのである
たとえ
約束した相手が来なくとも
ハチ公は裏切らずそこに存在しているのである
時間を超えて留まるという能力
そこに存在の延命努力がある
座して動かず
生命は
生きるということから
座して動かない
100年後には大概の人はいないだろう
しかし
一年後なら
大概の人は生き延びているだろう
ここに延命の努力がある
座禅僧は動かぬように努力を欠かさない
ハチ公は
その内部で電子が規律ある秩序で動きまわり
金属片としての一体性が保持されている
時を超えて
同じであることに
それぞれに背景がある
考えるということも
こうした背景として存在している
砂と石の違いも
こうした背景として存在している
砂で作られたハチ公は
すぐに崩壊してしまうだろう
偶像は
すぐに壊れないから価値がある
座禅も削ぐに崩れないから価値がある
壊れない道路がありがたいし
崩落しない橋が良い
川は氾濫しないがよい
同じであることに背景がある
同じであり続けている存在から
その背景を考える
そして
その考えを元に予定を描き
同じであり続ける実践へと結び付けているのだろう