予定と実践:現実と心の不一致について
人間には
芸術を愉しむ性質が備わっている
芸術の時空は
生活の時空とは別に設定され
芸術は
身体を生活の時空に残しながら
心をそれとは異なる時空に運んでくれる
人間には
心の中の時空を楽しめる性質が備わっているのである
極端に言うのならば
浮世離れした白日夢の世界に戯れることが出来るのである
この心の中の時空は
他者には見えない世界である
その世界の中で
妄想を膨らませるように
芸術を楽しむのである
だから
同じ音楽を聴いても
それを心地よく思う時もあれば
うっとおしく思うこともあるのだろう
心の世界が
常に現実と同じであるならば
妄想も生まれないし
同じ音楽を聴けば
同じ心模様になるのが道理である
ところが
妄想が生まれ
気分次第で音楽違うように聞こえるのである
人間の性質として
現実の世界と
心の世界が常に一致する様にはできていないのである
まあ
この不一致があるから
今ではない未来を心に描けるのである
未来を描けるように
不一致が生じるように出来上がるようになったのかもしれない
そもそも
過去を思い起こすことが
現実との不一致を前提とする現象である
心や意識が常に今ここに束縛されないのである
人間には現実離れする性質が在るのである
そして
現実を主に考えるか
非現実を主に考えるかで
主義の違いが現れる
現実主義と理想主義である
夢を追わなければならないが
現実も重くのしかかる
心を自由にはばたかせたいが
身体が重く心を縛る
過去と未来をつなぐか細い今がある様に
なにかが
心と身体が連ねているのだろう
心の中に今があるということが
そのことを示している