ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

予定と実践:物体の形状に宿る予定たち


釣り針には
使命があり
予定がある


その逆向きにまで反り返った針先で
魚の口の皮膚を突き刺す予定である


予定が
釣り針という物体の形状に宿っているのである


釣り針の形には
様々な工夫と配慮がなされている


「J」の字の形状を決めたのは
釣り人ではない


大概の釣り人は
工夫に工夫を重ね伝えられてきた既存の形状を
選んだだけである


釣り人は
釣り針の形状に宿る予定を選ぶのである


そして
釣り人は
その釣り針に仕事をさせる工夫を施す


うまく釣り針が仕事を擦れば
その針とその工夫は調和しているということになり
その釣り人は
また
その組み合わせを実践するであろう


釣り針には予定が組み込まれ
それが選択されることで
ふたたび
その針は作られてゆくことになる


予定が
次から次へと生産され
実践されてゆく


幾千年も続くこの流れの中で
釣り針の形状に
様々な工夫がなされてきたことだろう


私も
毎日の暮らしの中で
わずかずつながら工夫を重ねている


真からの歴史の中で
人間という種族も
蠅という種族も
少しづつ
釣り針の形状のように
工夫を重ねて
今に至ったということらしい


人間の手は
親指が人差し指よ向かい合い
物をつまむような形になっているが
猫の手には
そのような形状はない


猫と人とでは
手の使い方が違うように予定され
それに相性の良い形状が
それぞれ工夫されて来たのである


だから
猫の手を借りても
人間の役には立ちにくいようになっている


同じ人間のやることでも
馴れた人と
馴れていない人では
その様子が全然違ってくる


餅は餅屋である


私の形状は
釣り針のように洗練されてしまい
他の役には立たなくなってしまっているのだろう


母国語というのも
主義というのも
釣り針の形状の様なものらしい

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