予定と実践:矛盾の中で遷移してゆく偏見
生きるために殺さなければならない
このような矛盾を抱え
生命は生き続けている
*
世間は偏見に満ちている
むしろ
偏見が世間という怪物を創り上げている
男であるという偏見
女であるという偏見
子供であるという偏見
大人であるという偏見
年寄りであるという偏見
その怪物に立ち向かい
正義の剣を振りかざし闘うのだけれど
私が持っている正義の剣は
あまりにもか弱く
それを操る私もあまりに弱い
そこで考えた
本来的に手にしていた正義の剣を投げ捨て
偏見に満ちた常識の剣を手に取り
鍛え
力を蓄えゆくのだ
しかし
実際には
そんな武士道のような生き方はできもしない
そこで
私は
偏見から逃れるために
私を小さくし身を隠す
それでも
心のどこかに正義の剣を隠し持っていた
その隠し持っていた剣が
時たま現れて
私に刃を向けのだけれど
偏見に対する恐怖から
私はその刃を押さえろる
そして
いつしか
それを無いもののように扱ってきた
こうして
私は世間並みの大人に成長してきた
それでも
時折
私の忘れかけた正義が頭をもたげ
私に自由を囁く
気が付くと
私は
自由な私を世間から懸命に隠しながら
生きている
曰く「木は森の中に隠せ」
私は
世間の中に身を隠すため
世間と同じ偏見を身にまとい
生きている
そうである
生命は矛盾を抱えながら生き続けてゆくのである
自由な私は偏見と闘いたいのだが
現実的な私は
その闘うべき偏見を身にまとい生きてくのである
それでも
私と同じように
たくさんの人が正義の剣を隠し持っているらしく
その剣が
少しづつ世間の偏見を変えてゆくらしい
そして
偏見が
時代とともに遷移してゆく
明治のころの偏見
昭和の偏見
平成の偏見
令和の偏見
遷移してゆく偏見にあわせて
私はその偏見に身を隠そうとするのだけれど
歳をとると
なかなか難儀な仕事となってきた
やがて
「近頃の若い者は、、、」と
つぶやき始めそうである