予定と実践:未来に自然選択されるということ
神様というのは
未来にいるのではないかと思う時がある
だから今は見えないのである
そして
その神様がいた未来が今になると
その神様はもっと先の未来にいるので
どこまで行っても会うことが出来ないのである
そんな神様を
畏れ敬う
未来を
畏れ敬うのである
そんな未来に
「実り多かれ」と祈り
できる努力を重ねてゆくのである
昨日祈り努力を重ねてきた今日がやってきた
はたして
昨日の努力は報われたのだろうか?
報われようが
報われまいが
また明日がやってくる
神様が待っていてくれるのである