ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

制約と自由:循環参照の中で佇むということ

catsdoodle


制約は
とある主体に働く主体以外の作用である


たとえば
鐘楼の鋳型は
出来上がる形を制約しているが
鐘楼そのものではない


DNAも鋳型となり
新たに合成されるDNAやRNAを制約している


こうした制約が
ドミノ倒しのように連鎖し
秩序が形成されている


そして
こうした制約の緩みが
秩序に揺らぎをもたらす


体が硬くて動かないのは
制約によるものであり
思ったのとは違うように体が動いてしまうのは
制約美緩みによる揺らぎである


制約の精度と強度の範囲の中でしか
秩序は維持されないのである


成長するということは
制約の精度や強度を高める為であり
衰えるということは
その逆であると
私は
素直に振り返ることが出来る年齢となってしまった


若いころ
自由を求めていたのは
自由になろうとしたのではない
きっと
新しい制約を求めて
何かに夢中になっていたからなのだろう


そうして作り上げた楼閣ならぬあばら家で
眺めている朝日も
私を制約する一つの要素である


朝日の様子が変われば
私のあばら家もその姿を換えねばならないだろう


そんな循環参照の中に
私は佇んで来た


ゆっくりと佇めるということは
制約が安定していてありがたいことでもあるのだろうが
退屈なことでもあるのだろう
若者は制約を求めて試行錯誤を繰り返す


そんな若者が創り出すSNS文化は
私には制約が多く刺激が強すぎて
私にはとても手ごわい

ありがとうございました

×

非ログインユーザーとして返信する