悪徳と正義:空気感の相対性について
同じ悪さをしても
笑って許してもらえる人と
徹底的にいじめられる人がいる
善悪の相対性は
子供のころから経験してきていることである
大体において
笑ってもらえる人が良いことをすると
とても大きく取り上げられるが
徹底的にいじめられる人が良いことをしても
無視され何事もなかったように時が過ぎてゆく
それぞれの持つ人の空気感の違いが
善悪の相対性を創っているということになる
はて
この空気感は何処で如何にしてできて来たのだろう
そんなことに思いをはせながら
人それぞれ
意識的にせよ
無意識的にせよ
自分の放つ空気感が良くなるようにと願ったりする
この祈りの下
それぞれの自由は蝕まれ
下手をすれば
重々しい空気感の中で
個性が埋没してゆく
集団の形成である
生体の内部において
心臓も肝臓もそれぞれの役割があり
神経になりたくともその自由は剥奪されている
それと同じように
集団の空気の中で
個人は自由を失うのである
そしてその空気感の抑圧され
耐えきれなくなると
「ルネッサンス」と叫びたくなる
しかし
血液の供給を受けて生命活動を維持している心臓や肝臓と同じく
集団から離れた個人は
集団からの恩恵から見放されると
「生きてゆく術を見失う」という危機感に苛まれているので
なかなか集団の重い空気感に逆らうことが出来ない
とかくに人の世は住みにくい(夏目漱石)
せめて重い空気感を一時でも忘れようと
芸術があり笑いがあり
スポーツがあり観光がある
ペットが作り出してくれる空気感も
ありがたい
動物を触れ合うことで
清々しい空気感の作り方を学びたいものである