ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

 動的秩序は規則的反応の調和的集合体。ルアーは反応をもたらす物質の最適化の象徴。情報の流れの中で規則と調和が繰り返えされる。

崩壊を待つ秩序の美学としてのドミノ


ドミノ倒しを抽象的に表現すると
企図的に能動的に形成された秩序の崩壊過程だ


ドミノ倒しは二つの過程に大きく分けることができる


ひとつは
ドミノを並べてゆく過程で
もう一つは
ドミノが次々と連鎖的に倒れてゆく過程だ


前者を能動的運動過程
後者を受動的運動過程と呼んでおく


受動的運動過程が首尾よく
成功するかしないかが
ドミノ倒しの主たる関心事だ


この成功のために
能動的運動過程に
膨大な時間と
膨大なエネルギーが注ぎ込まれる


ドミノとドミノの間隔の良し悪し
それぞれのドミノの大きさの適否を見定めながら
能動的運動過程は進行する
なによりも
能動的運動過程の途中において
予定外の受動的運動の開始が起きないことに
細心の注意が払われる


このような努力の後で
満を持して
美しく崩壊してゆく秩序を楽しむのが
受動的運動過程だ


より美しい崩壊過程を求めて
さらなる能動的運動過程を繰り返すことになれば
ドミノ倒しは繰り返され
進化してゆくことになるだろう


飽きて
能動的運動過程を放棄すれば
ドミノ倒しの系譜的存続が途切れることになる


ーーーーー
メモ


美しく崩壊するように
ドミノが一つ一つ並べられる


美しく崩壊するという目的に沿って
企図され能動的手作業で
ドミノが並べられてゆく


ドミノは質料因
ドミノの間隔は形相因
手作業は運動因
美しい崩壊が目的因ということになるだろう


ドミノ倒しを繰り返すのは
美しいは崩壊を再び再現したいという
人間の意欲がわくか否かによる


この意欲は
ドミノ倒しの本体ではない
ドミノ倒しが行われる時空と
近接した別のシステムの事象である


システム間の相互作用の中で
メタレベルの目的因の存続が図られ
ドミノ倒しは存続してゆくのである


生きているのではない
生かされているのだ
あるいは
生きさせてもらっているのだ


ドミノ倒しは
ドミノ倒しのみで完結していない


「命は
 自分自身だけでは完結できないように
 できているらしい」


吉野弘さんの詩「命は」の一節だ


ドミノたちが倒されるのを待ちながら
そこに凛として立つように
何かを待ち
凛として備えてゆきたいものである


むろん
わたしの意に反した何かを待つのではない
わたしの意に沿った何かを待てるように
凛とした備えをしたいものである


功利主義における利と損の分配問題を
わたしにとって有利にする何かを
探し求め備えたいものである


それが全体の中の一部であることの
ひとつの責務だろう


その為の負担が大きすぎるようならば
リベラルな制度の助けを借りたくなる
このような
バランスを全体の中で測られる過程でも
やはり損得の分配をめぐるかけ引きが
重要な役割を演じるのだから
知的苦労が絶えないということになるのだろう



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