ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

 動的秩序は規則的反応の調和的集合体。ルアーは反応をもたらす物質の最適化の象徴。情報の流れの中で規則と調和が繰り返えされる。

全体と部分が各自独立する時空からの自由


相性の良い情報と
相性の悪い情報がある


右を向こうとする意志と
左を向こうとする意志は
本来両立しない
でも
どちらも持ち合わせている


自動車の
ブレーキとアクセルも
同じような関係だ


本来両立しないものが
相性よく共存するのは
機能の拡大によることがある


右を向く機能ならば
左を向く機能は阻害要因であり
排除されるべきであるが
より広い範囲に向くという機能ならば
右を向く機能も
左を向く機能も
目的に合致することになる


スピードを上げる機能と
スピードを下げる機能を合体して
スピードを調節するとうい両義的機能になると
アクセルとブレーキが相性よく共存することになる


このような相補的な共存関係には
一方の機能が高まる時
もう一方がその機能を低下させるという
予定調和も共存している


いつも個性全開では
素敵な共存関係は築き難いということだろう


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メモ


知らず知らずに
人の邪魔をしていることがある
それを気づかされた時
自分の都合を優先しすぎたと

思わされる


ある仕事をしている時
その仕事のこの部分に注意を払いすぎて
その仕事のあの部分への注意が散漫になり
失敗することがある
この部分への関心を優先しすぎたと
思わされる


過ぎた部分的機能は
全体機能の不全をもたらすことがある


ここにおいて
部分と全体のどちらが優先かという問題も派生する


全体を優先すれば部分の排除あるいは強制的変更が正当化される
部分を優先すれば全体機能の低下の容認が正当化される


細胞と個体では
全体が優勢で
個人と社会では
個人が優勢だ

自我は自己肯定をしたがるけれど
はたして
どうか?


様々なからくりが
全体を調和に導いている
しかしその調和は部分の乱れで
敢え無く失われてしまうものでもあるようだ


部分と全体のどちらが優先されるのかを思考する際
全体は部分とのは別の存在となり
全体が部分を含むという時空的な関係は
情報的関係において消滅する
あくまでも
対比の対象となる


部分が全体の一部ではなくなるから
情報により
目的あるいは機能といった
超時空的存在を取り扱えることが可能となっている


部分の目的と
全体の目的が
不一致に陥るのだから
情報は時空から自由でなければならない





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