ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

同所的代替と異所的代替


親の命を引き継ぎ
子が生きる


子は
親の代わりに生きているのか?


代替性の向上により
命はより太い束となり時を超える
そう考えると
「子は親の代わりに生きている」という考えを
支持することになる


しかし
子はその為だけに生きているのではない
子には子の生き方があるのだ


命の承継というシステムとして考えると
子は親の代わりだが
ひとつの個体の生命維持というシステムを主眼として考えると
子は親の代わりではなく独立したシステムだ


そもそも独立した存在でなければ
代替機能を発揮できないということがある


同じ場所にいつもいたら
災害に被災するリスクを分散できない


代替的存在は
それぞれに存在してこそ
その存在意義があるのだ


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メモ


同所的代替

異所的代替

という言葉を並べて
その例を比べてみる


同所的代替としては
夏に葉を生い茂らせる機能を発揮し
冬には種として寒さをしのぐ植物の
夏と冬の機能の代替を思い浮かべることができる
四季や
昼夜のリズムに従い
機能を代替的に変更しながら
機能を共役的に承継してゆく同所的異時的異種的代替は
生命現象でよく観察される
ひとつの個体の生命維持の承継システムにおける代替だ


異所的代替としては
沢山の卵から四方八方に散らばらる子蜘蛛を例示できる
多くの子蜘蛛が死んでも

生き残る蜘蛛がいれば

生命の糸はつながる
異所的同時的代替だ
この場合
同種的か否かは微妙であり
まったく同じものではないところに
自然選択が働くということになっている


代替的存在間での競争というわけだ


しかし
同所的代替がうまく連なっていない個体は
その競争にすら参加することができない


冬を越せない生き物は
競争する前に死滅する
卵から孵化できない個体も然りだ


このような個体は
同所的代替の共役関係の不備によって死滅する


このような共役関係の成否にかかわる自然選択は
個体間ではなく個体内で働く
システム内淘汰である
個体に働く適応淘汰でなく
組織淘汰ということになる


個体間に働く適応淘汰よりも
このような個体内で働くシステム内の組織淘汰により
より本質的に
生命は鍛えられてきたのだろう


今存続している生き物たちが
力強く個体間競争を繰り広げているのは
その傍証だろう



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