ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

 動的秩序は規則的反応の調和的集合体。ルアーは反応をもたらす物質の最適化の象徴。情報の流れの中で規則と調和が繰り返えされる。

土地の境界線という人為的概念世界


この境界標とあの境界標を結んだ線がこの土地の境界線だね


このように語られた時の境界線は
人為的な創造物に他ならず
人間の行為なしには語り得ない


この意味で
境界にまつわる人間関係は
人間の創造に基づくものであり
人間が調整してゆくより他にやりようがない


そこで
人はこの調整をする根拠を
人智のなかで探しまわる
陣地は人治により維持される
そんな構図だ


私的自治で解決できなければ
なにがしかの権力に頼ることになる
典型的には裁判だ
武力に訴え刑法に触れるわけにはいかないからだ
犬のようにマーキングをしても
らちは明かない
だから
境界をコンクリートで囲い
はっきりとさせておくと気が楽だ


人はなぜ境界という面倒をわざわざ背負うのだろう


人は自分の身体に関する情報と
自分の接する環境に関する情報を収集し
蓄積したり加工したりする能力を有している
このような能力があるからこそ
こんな面倒なことをしながら生きたいのだろうか


逆に考えれば
こんな面倒なことをしながらも
生きる気力を維持できるのだからしたたかで大したものだ


争ったりする
争いを解決したりもする
先送りもする


こんな面倒によく耐え
それ以上の何か素晴らしいものを求める能力が備えているかのようだ


ありがたいことだ


不平不満はバネなのだろう
跳躍への助走だ


跳ねるために縮む
浮かぶために沈む


ある意味、遠回りな
素晴らしく面倒な能力だ


変化にとんだ柔軟性
そんな思考に人間らしさを感じずにはいられない


ーーーーーー
メモ
「境界のイデア」があるとしたら
それは永遠不変だろうか
それは永遠不変であるべきだろうか
それとも柔軟にして可変であるべきだろうか


境界を国境にすり変えた時
論理学的には同じ回答が返るのだろうか


境界を教会にすり変えたとき
国境を国教にすり変えたとき
どうだろう


モナドが予定調和として
個々の境界に現れては細部にまで調和をもたらしてくれぬのだろうか?


情報の共有化を積み重ね積み重ね
その果ての理想の地に
イデアやモナドがいてくれればありがたい


いいかえると
このような社会的情報共有システムが
世界でひとつだけの情報共有システムになればありがたい
その時
この情報共有システムは
部分として存在する
多数の私という身体的情報共有システムと
うまく協調してくれるのだろうか?


社会的情報と身体的情報は
総論賛成各論反対
このような言葉に代表されるような関係性にあり
厄介をもたらすことがあるからだ


これが誤りならとても平和で穏やかな気分になれそうだ


ありがとうございます。


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