ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

集団の中の不均一


色々やりたくても
身体は一つ
時間は戻れない


ひとりでやれることに
限界がある


猫の手を借りたくなる時は
集団が役に立つ


同じ目標に向かい
皆が手を動かすと
二人集まれば手は四本
五人集まれば手は十本だ


こうなると
休んでいる手があっても
全体として
滞りなくやるべきことが進んでゆく


どの手が休むのか


見ていないようで
見合っているようなことがある


ミツバチは集団で巣を作り
はちみつを貯蔵する
働きバチのなかにも
働きが悪いにもかかわらず
ちゃっかりテサをもらってばかりの個体がいるらしい
遺伝子は同じものを持っているにもかかわらず
働き者と怠け者がいるということだ


むろん怠け者が増えすぎると
食べ物が不足して
先細りする集団になるだろう
それでも
人間にはちみつを横取りされても
ミツバチはせっせと有り余るはちみつを貯めるのだから
頭が下がるくらいの働き者だ
怠け者をカバーするくらい
何のこともないのだろう


貯めることが好きな人は
貯めるのだ
消費するのが好きな人は
消費するのだ


貯めるのが好きな人がちゃんといて
消費するのがすくな人もちゃんといて
なんとなく均衡がとれている


存続し続けている集団には
そんな均衡がある


この均衡が崩れない仕組みがあるのだろう


集団からの特定な個体の排除は
そんな仕組みのひとつだろう


捨てる神あれば
拾う神あり


身体もひとつしかないが
性格もひとつしかない


この性格で
できることに限界ある


猫の目のように
性格を変えれば対応もできようが
そうもいかない


捨てられたら
次を探せばいい
そんな自由を私は持っている
そう
思いながら、、、
できる我慢を繰り返し
また一日をやり過ごす


ーーーーーー
メモ


なんとか
集団に属していたい
人間関係を維持したい
そう思うようにできているらしい


嫌われない様に気を遣う


自分を曲げても相手に従う


先祖代々
きっと
そうすることで
生き延びてきたのだろう


この流れに逆らう必要もなく
逆らうこともなく
生きながられば
それはそれで幸せだろう


地味ではあるが
利用され使い捨てにされることもあっても
それはそれで
しあわせなことだろう


ありがとうございます




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