散逸と循環:祈りの起源について
循環している存在は
変化しながら存在しているので
その局面局面をとれば異質なものである
春と夏は異なるが
また巡り巡って同じ春が来る
走馬灯のように
私の気持ちは変わりながら私であり続けてゆく
いくつもの違う私が現れては消え
また現れてくる
今の私は
先程までの私とは異なり
こうした異なった私の総体としての私は
今の私とは異なるのである
部分は全体ではないのである
循環する中で
時間は部分を存在させることしか許していない
全体は
在る一点の時間においては存在し得ないのである
私は今の私でしか存在していない
そして
その今の私は
一瞬後には
変質しながら循環の中を
何らかの法則に従い
流れてゆくのである
この法則が
私を散逸させることから守ってくれている
私問う構造の循環を維持する法則
この法則に
私は祈らなくてはならないのだろう