ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

過程としての適応 結果としての共役


たくさんの機能を持つ


このことは
便利であるが大変でもある


機能ごとに
空間と時間が消費されるからである


パソコンのソフトの機能が
多岐にわたるようになってきた


これはパソコンの
記憶容量の増大と処理速度の向上による


空間と時間の効率化があって
機能を多角化することができるようになってきた


一つの機能にかかる
空間と時間を小さくすることが
効率化だ


これに対して
システムの
空間を広げ
時間の並行的利用の進展が組織化だ


効率化にも組織化にも
空間と時間の利用を促す作用がある


このような
効率化と組織化が進展すると
高度なシステムということになる


高等生物といわれる生き物も
この類のシステムだ


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メモ


つながりが増えるなかで
機能が増大してゆくのは
分業による
利用空間の拡大と
時間の並行的利用の増大による


つながりを維持するには
それなりの努力が必要であり
つながりを維持するための制約が必要になる
しかし
この制約を過度に要求すると
角が立ち
紛争が生まれる


総じていえば
この制約の関係が安定してると
成熟した組織が出来上がり
安定していないと
未熟な組織ということになるのだろう


身体は
制約の中に安住する各細胞が
機能的に調和した
非常に安定した組織と評価せできる
これに比べて
人間社会は
はるかに未熟な組織だ


未熟なるがゆえに
可塑的な緩やかなつながりが
生まれては消えている自由度がある


そのなかから
より安定な関係が
淘汰選択されてゆく過程なのであろう


システムは
安定した強いつながりを内部として
外部との辺縁に
緩やかなつながりである適応関係を保ちながら
存続の為のつながりを模索し続けているようだ


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細胞内において
新陳代謝により
古いものが朽ち
たえず新しいものに入れ替わる


システムは
このような経時的なつながりがあって
はじめて存続する権利を有することになる


より確実に存続するためには
より多くのつながりがあるほうが有利であり
多機能システムが発達する根拠となっている


そうした多機能化の過程で
酵素は主体としてではなく部品として機能するようになり
細胞も多細胞生命において部品として機能するようになる
このように
酵素も細胞も人も動物も
他の部品とつながりながら
機能を発揮してゆく


進化は
緩やかなつながりが適応関係として熟成し
強く安定した共役関係として
記録され
系譜的につたえられてゆく過程であり
効率化にあわせ組織化を戦略とする贅沢な系譜が
辿ってきた歴史であろう



素敵な阿呆が夢見る「2100年宇宙の旅」


大いなる無駄は
えてして
大いなる無駄のままではあるが
時として
大いなる発見につながることがある


ただ
大いなる無駄のままである可能性が高いので
たいていは
大いなる無駄を避けて歩くことになる
しかし
そんなことばかりしていると
進歩がない
そう思いつつも
安全な道を選ぶのが一般的だ


ところが
危うい道を選びたがる変わり者がいる


このような開拓者たちが
大腸菌のような単細胞生物にとどまらず
高等生物への進化を牽引してきた


高等生物は
一つの体にたくさんの機能を有しているから
高等と評される生き物だ


多機能を一つの個体のなかで
実践してゆくには
機能だけを増やすのみならず
機能の間を調整してゆく能力をも
増やしてゆかなければ成立しない


不完全な機能による失敗や
不完全の調整による非能率といった
大いなる無駄が繰り返されなければ
従来にはなかった機能が現れ
既存の機能と調和してゆくことはないだろう


大いなる無駄を許容することで
命を落とすような失敗もあったろう
そこまでのことはなくても
不利益をこうむりながら
なんとか生き延びてきたこともあったろう
このような失敗を乗り越えて
大腸菌ではなしえない営みが展開されてきた


これからも
大いなる無駄が
失敗しながら
発展的に試さてゆくのだろう


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メモ


進化は
個体の出来事ではなく
無数の個体の束が織りなす出来事だ


この太い束の中で
大いなる無駄が許容されてきた


大いなる無駄の象徴として
遺伝子の中になる
使われないDNA配列の多さが挙げられる


一つ一つの細胞に複製されるDNAのなかで
使われることのないゴミのような配列が
ほとんどを占めているという


このような無駄な配列を
せっせと複製しながら
細胞は増えてゆく


使いもしないのに
ただ何百億回もDNAを複製するのだ
とても重荷で無駄な作業だ


このような無駄の配列が
偶然に何かの機能を持ち
無駄でなくなることがありうる


ここに
無駄が純粋な無駄でない潜在がある


今までの話は
いわゆる多細胞生物の話で
大腸菌は
あまり無駄なDNA配列をもっていない


だから
効率よく細胞分裂して増えてゆくけれど
機能を多角的に発揮するようなる潜在性は
無駄がない分、たいそう少ない


たくさんの無駄とともに
束となり歩んでゆく高等生物の生き方

無駄のない大腸菌の生き方


どちらが面白い生き方なのだろうか?


やはり
高等生物たるものは


「大いなる無駄を許容する先に
新しい『何か素晴らしいもの』の可能性が花開く」


かように信じて
「あんな無駄なことを生き甲斐にするなんて・・・」
「宇宙を旅して何が楽しかろう・・・」
などなど冷静な賢者のふりをして考えず
それぞれの
素敵な人生や素敵な旅を見守りたいものである


とりあえず
無駄を実践するのではなく
無駄を見守るだけでいい
そして
見守っているうちに一緒に踊りたくなったなら
阿波踊りのように
一緒に踊ればよいのだろう


なかなかできないアンガーマネージメント


怒ると
頭に血が上り
顔が赤くなり熱くなる


漫画の世界では
この状態で頭にヤカンをのせると
お湯が沸く


怒る当人にしてみれば
お湯を沸かすために怒っているのではない
何かの不都合を怒っているのだ



自分では
怒っていないつもりでも
周りの人には
怒っているように見える時があるらしい


そのような時を振り返ると
怒っている自覚はないが
不機嫌であった自覚があったりする
どうも
不機嫌だと
怒っているように見えるらしい


不機嫌は
怒りの前兆であるのと同時に
怒りを必死で抑えている状態でもあるのだろう
だから
当の本人にしてみれば
怒りを我慢しているのだから
怒っていると考えるわけにはいかない


しかし
周りの人は我慢していることを
直接感じないから
「我慢しているのかな」とうすうす感じながらも
「怒っている」を主眼に感じるのだろう



怒りのレベルがあがると
怒りを我慢するレベルを上げないと
本当に怒ってしまう


何か不都合があると
怒りのレベルと我慢のレベルが
次第に上がるのを感じることができる
この怒りと我慢のバランスが
一気に怒りに偏ると
自他ともに認める
怒りが顕出する


怒りのレベルが上がっても
我慢のレベルも上がっている状態が
怒りの噴出の前段階にあるということだ


この前段階の間に
不都合が解消されれば
表面的な平穏が維持されるということになる


この状態いおいて
当人は怒っていないと自覚して
周りの人は怒っていると認識のだから
不都合が除去されれば
元の平穏に戻りやすくなっている


実にうまくできている


知ってか知らずか
怒りを我慢している間に
周りの誰かが怒りの原因を除去して
元の平穏が再び戻ってくることを
待っているのである


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メモ


動物の喧嘩も
いきなり始まらない


睨んだり
うなったりで終わる緊張状態が
喧嘩に前置されている


大ごとになる前に
何かできる期間が設けられていると
小ごとで済む


しかし
小ごとも積もれば大ごとになってしまうから
小ごともできれば避けたいものである


小言も同じだ


掃除をしないと
部屋の片隅にほこりがたまる


たまらないうちに掃除しておけば良いのは
小ごとも小言もほこりも
同じなのだろう


6秒ルールというのがある
怒りを感じたら
6秒じっとしているという単純なものだ


小言に対しても
このルールは有効だろう


売り言葉に買い言葉は
楽しむものであり
怒り合うものでないほうがありがたい


怒る力と
それを我慢する力
どちらもあることを
便利に使いたいものである