ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

理性三態:考える葦? 感じ取る葦?

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理性は

様々な選択を繰り返している


昨日のままの私も

今日私が選んだ私である


逆に言えば

昨日と違う私を

私は選ぶことが出来る


「くじけた」と言われるこかもしれないし

「乗り越えた」と言われることもあるだろう


昨日とは違う私を

私は選ぶことが出来る


違う私を試すことが出来るのである


都会の絵の具に染まって

変わってゆく私が

故郷を懐かしむのも

理性の選択である


変わってゆく動機が

愉しみのための時もあれば

恐怖によることもある


独裁の絵の具に染まって変わってゆかなければ

生きてゆけない時代があったと聞いている


世間には

様々な絵の具が振り撒かれている


その絵の具が

入れ替わり立ち代わり

私を染めて

私はたなびく葦となる


考えているのか

喜びとか恐怖の感情に惑わされいるのか


私は考える葦ではなく

感じ取る葦なのかもしれない


考える前に

何かを感じている


いずれにしても

厳しいことを考えることなく

のほほんとできている現状がある


そんな幸せを

露天風呂にて

ひと時くつろぐ

ありがとうございました

理性三態:理性の適応的性質獲得過程としての淘汰選択

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滞り

何も進まない現実をしり目に

理性は

ゴールを目指す


この現実世界と理性的架空世界の齟齬に挟まれて

私は呻く


あがいても

あがいても

一向に前進してゆかない現実を恨みながら

私の無力と

私の努力不足を痛感する


理性的架空世界には

私しかいない


だから

私のわがままが通じるところがあり

見通しの甘い未来を描くことも

簡単で出来る


ところが

現実世界はそうはいかない


雨も降れば

雪も降る


味方が現れることがあっても

敵に囲まれることもある


そんな現実世界にぶつかって

わたしの理性的架空世界は

時に打ち砕かれ

時に生き抜いてゆく


そんな生き抜いてきた理性的架空世界は

結果論として

現実世界に適応していたのである


現実世界は環境であり

理性的架空世界は生命である


理性的架空世界も

生命も

試されながら

現実世界や環境に適応したものが

残存してゆくのである


独りよがりが

荒波にもまれながら

生命も

理性も

適応的でないものが消滅する


だから

環境が変われば

生命の相が変わる


同じように

環境が異なれば

理性の相も変わるのである


私が江戸時代に生まれたならば

私が戦前に生まれたならば

私の理性は

今の様ではないのであろう


そして

命があったのなら

この理性で間違いなかったと

それぞれの私が思うのだろう

ありがとうございました

理性三態:理性の強さと弱さについて

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太陽

the sun

これらが指し示す実物としての光源


前二者は

翻訳の関係を通して同一とされ

前二者と光源は

言葉と感覚の関係として同一とされている


理性的な言語能力は

こうした関係性を保持し

こうした規則に則り外部を複写する


そして

その上で

超越的な世界を

現実の外である意識の中に創造し続けている


こうした規則的相当性により保持された同一だから

青いインクで「赤」と書いた時の

この文字は

現実からは超越した規則的相当性の評価なので

「青」でもよく

「赤」でもよいのである


現実を超越した自由の中で成立した規則が

「青」でもあり「赤」でもある矛盾を

両立しているのである


現実から超越した自由が

白日夢を描き

それが現実でないことを不条理に思う

という不条理が存在する


そんな身勝手も

超越した世界では

恣意的に選ばれた規則的相当性に合致しているとして

許容されているのである


たとえば

ベンゼンは

6つの炭素が感情に結合した構造を有しているけれど

このような構造の分子構造を

炭素3つの環としても

炭素4つの環としても紙に描ける


しかし

現実には

炭素が大きすぎて

そんな分子構造は存在できないという


理性の世界は

現実から見ると不条理が入り込む自由があるのである


こうした白日夢の自由が

現実でも起こりうるような自由を

私は時に追い求めたりする


無論

限度がある


その限度が

理性の弱さであり

その限度を知ることが理性の強さだと聞いたことがある

ありがとうございました