ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

 動的秩序は規則的反応の調和的集合体。ルアーは反応をもたらす物質の最適化の象徴。情報の流れの中で規則と調和が繰り返えされる。

予兆の知覚力が因果律を認識する助けとなる


予兆は連続して起こる事象のひとつだ


連続して起きる事象には
大きく二つある


崩壊的事象と
秩序的事象だ


地震や火山は前者だ
生命活動は後者だ


物理化学的事象と
情報的事象ということができるかもしれない


自由エネルギーの流れと
制御されたエネルギーの流れと表現できるかもしれない


予兆から次に起こる事象を予測することができるが
予想するに当たり
前者である物理化学的事象は
限られたエネルギーの中である程度考えられるけれど
後者である情報的事象は
どれだけのエネルギーが次の事象に注がれるかが予測困難だ


しかし
前者は制御されていない事象の連続なので予想が難しく
後者は制御されている事象の連続という点では予想しやすい


いずれの過程でも
予兆から次の事象を予測しがたい面があるから
未来には
不安があり
夢がある


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メモ


起こることを予想しておきたい事象がある


「こう言ったら何と思われるだろう?」
このようなことも予想しておきたい事象だ


春暖かくなるととツバメが来て
秋になり
寂しげな景色がひろがると
いつの間にやらどこかへ帰って行ってしまっている


予兆を感じ取り
次の起こる事象を予測する能力は
生きる能力を高める


どのような事象が予兆としての感じ取るべきなのか?
これが生命に課せられた一つの課題だ


重要な予兆を知覚し
重要でない予兆を知覚しない
そうすれば
因果律を考えるのも少しは楽になる


重要でない予兆ばかりを知覚し
重要な予兆を知覚していなければ
因果律を考えるのは困難だ


より広い波長の光を識別する能力
より広い音域の音を識別する能力


様々な能力や性能が
進化しあるいは発達し
予兆を知覚しようと懸命に働いている


予兆を知覚するという
小目的が存在する


すれば
中目標は未来予想ということになり
目標は
未来において存続し続けるいうことになる


何に付けても
続けられることが貴いことであり
命はそれを希求するようにできている



帰納法の得意分野と苦手分野


帰納法は周期性のある事象が得意分野だ


陽が昇り明るくなり
陽が沈み暗くなる
日周リズム


このリズムに合わせて
様々な生物が活動リズムを刻む


冬寒く
春暖かくなり
夏は暑く
秋涼しくなり
寒い冬がまためぐりくる
年周リズム


このリズムにも合わせて
様々な生物が生活リズムを刻む


様々な生き物は
帰納法を理解しているのだろう
厳しい季節にさらされる前に
それに備えて耐性をつけ
豊かな時期にさらされる前に
それに備えて躍動する


気象のリズムを熟知しているかのように
生活リズムを刻む生き物たち


周期への予定調和が意図されている


帰納法の実践だ


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メモ


生命は
未来を予測しながら生きている


予定通り日が昇らなければ、、、、、
予定通り春が訪れなければ、、、、、
営みは途絶える


目的を達するための前提条件を
予定してそれに調和しながら生を営む


目的因は
このような生物の性質に基づいて成立している
因果律のひとつだろう


DNAが規定する因果律だ


命は因果律の創造主ということだろう


創られた因果律に従う宿命にあるということだ


原則として
創られた因果律に従順な魂があるということだろう
しかし例外もある
新たな創造の始まりとしての例外だ


原則を全うする多数派の陰で
次の時代の原則を熟成する少数派が
新たな創造をしているから
時代が動くということになるのだろう


このような動きは
周期性とは縁が浅く
帰納法が苦手な事象だ


地震の予測のように
予兆を注意深く観察すれば
何か予想できることもある、、かもしれない



反芻を欲する本能


一日の中で
何回「わたし」という言葉を
頭の中で反芻するだろうか?


牛が食べ物を反芻する動物と定義されるならば
人間は「わたし」を反芻する動物だ


その「わたし」が反芻されるたびに
「私の立場」も関連付けられ
それに関連するかのように
「あなた」や「わたしたち」も
それぞれの状況に従い想起される
このような早期の中で
牛に反芻される食べ物が
反芻のたびに咀嚼されるように
反芻される「わたし」も
反芻のたびに咀嚼されているのだろう


高原の牧場で反芻している牛もいれば
狭い牛舎の中で反芻している牛もいる
それぞれの牛は食べ物を反芻しながら
自分の置かれた境遇も反芻しているのだろうか?
そして
それぞれの「わたし」をも反芻しているのだろうか?


いつもと違う境遇に置かれたら
人間も牛も戸惑うだろう


地震で地面が揺れたら
びっくりだ
びっくりしながら
新しくて古い「わたし」を咀嚼するのだろう


ーーーー
メモ


「わたし」を反芻しながら
わたしらしさを維持しようと懸命に頑張っている


地球には
このような意識がないらしく
何十億年単位かわからない長い時間のレベルで
徐々に崩壊し
今のままでのとおりでいようとはしていないようだ


地震や噴火がその証だ


すり傷や捻挫があれば
人間は手当てをして元に戻そうと努力するけれど
地球は揺れたら揺れっぱなし
噴火したら噴火しっぱなしだ
そのしりぬぐいをするのは
住んでいる生き物だ


元に戻そうとするのは
物質ではなく
命であるらしい


反芻は
元に戻ろうとする復元力の象徴かもしれない


大いなる意味があろうとなかろうと
同じことを
繰り返していたいのだ


欲望が維持している秩序があるということだろう