ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

存在と能力:AIは愚かな幸せを駆逐してゆくのか

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はたらく

ということは

はたをらくにすること


山本有三「路傍の石」に

ダジャレとも取れそうな格言が登場する


はたらいて

はたをらくにすると

じぶんもらくになる


たくさん働いて

たくさんお金が入れば

自分もみんなも楽になる


苦労して働けば楽になる


苦と楽が同居しながら

人間社会を持続させてゆくのである


そして

苦労する人と

楽をする人があり

その不平等をお金で埋め合わる


この原理原則があるので

お金があると楽で

お金がないと苦しいということになる


ピケティーによれば

お金があればより楽にお金を儲けることができ

お金がなければ苦労してお金を稼がなければならず

貧富の差は広がってゆくという


お金がお金を生むから

労働がなくてもお金が稼げるからである


AIでもお金でお金を稼げるということなると

AIがどんどんお金持ちになって

人間よりも

AIがお金持ちになって

やがて

貧富の差がどんどん広がってゆき

AIはより賢く

人間は

学習の機会を奪われて

より愚かしくなってゆくのかもしれない


こんな背景があるからなのだろうか


賢い幸せには

どこか冷たさがあり

愚かな幸せには

温かさを感じてしまう


愚かさが温かいのではなく

幸せが温かいのである


貧しくみすぼらしくとも

心が連なる暖かさを感じる幸せが

昭和にはたくさんあったような気がしてくるのは

回顧心がなせる業であろうか


温故知新


たまには古ぼけたものを顧みたいものである


AIは確かに傍を楽にしてくれる


しかし

それは

賢い幸せのためであり

温かさはどれほどあるのだろう

ありがとうございました

存在と能力:生命の循環について

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能力は

決して永続的なものではない


そんな能力が存続するためには

他の能力の適切な助力が必要であり

能力の循環の中に在って

とある能力は存続してゆくのである


DNAは

DNAポリメラーゼな存在しなければ

複製されず

恐竜のDNAが現存しないように

いづれ消失する非永続的存在である


DNAは

酵素により複製されたり修復されたりしながら

永遠に存在するかのようにふるまうことが出来るのである


そんなDNAの存在を補助してゆく酵素が

DNAの鋳型により生合成される


その生合成に必要なRNAも

DNAの鋳型から生合成される酵素により生合成される


DNAと酵素群は

互いに補いながら

永遠を存続するかのように振る舞えるように

システム化されているのである


こうした能力による能力のための補助の循環は

生命現象において必ずや観察される生命の根幹であり

人間社会も

こうした相補性において循環している永続である


隕石が衝突して

舞い上がる粉塵の中

地上に太陽の光が届かなくなり

太陽の助力を失い

多くの生命が死滅していったという


親切は人のためならず


親切が回り回って自分に届くのである


そうした循環がなくなると

恐竜時代の終わりが到来するような事態が訪れるということなのだろう

ありがとうございました

存在と能力:ドラッガーの「課題」について

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ドラッガーは

「それが誰の課題なのか?」を問うことを勧めている


ゴルフの日に雨が降るのは

「私の行いが悪いためである」ということになれば

ゴルフの日に雨が降らないようにするには

「私の行いを正す」という課題が現れる

ということだろう


さようならば

私が行いを正して

ゴルフの日に雨が降らなくなれば

「私の行いを正す」ことは

真に私の課題であったと確認できるのだが

行いを正しても

ゴルフの日に雨が降るようならば

「私の行いを正す」ことは

私の課題とはいいがたいと振り返ることが出来るだろう


実際

私には気候を動かす能力がない


そんな無能力の私には

「ゴルフの日に雨が降らないようにする」という課題は

課題にもならない無茶なのである


そんなことを課題にしても仕方ない

というのがドラッガーの教えのひとつである


自分のできる課題に真摯に取り組み

課題にもならない課題は放っておくのが良いのである


アンドロメダ星雲や

太陽の存在をどうにかしようなどと思わずに

目の前のできることに注力することが大切であるに違いない


そこで

私は

アンドロメダや太陽を放っておき

自分のことに精を出す


そして

見るものを減らしてゆき

自分の周りにばかり身を見張り

客観性を失い

主観的になってゆくのである


私の能力が及ぶ範囲のことに注力し

それ以外のことへの関心を縮小していゆくと

頭の中で

巨大な私と

小さな周辺が形成されてゆくのである


私の能力は

基本的に

私が生き延びるために備わっている


他人の自由や平等のために備わっている能力に比べ

私が生き延びるために備わっている能力が大きので

巨大な私と

小さな周辺が出来上がってゆくのである


そこで

その傾向を是正するかのように

理性が

他者のための客観性を要求するのである


私は

他者にとって客観的存在であり

直接の課題ではないのである


その私が他者から守られるためには

他者の客観性が必要なのであり

時を超えてゆくために

他者の力を借りるためには

他者に客観性を持たせる必要があるのである


単細胞生物多細胞生物に進化する過程で

細胞も

このような客観性を習得したに違いない


システムは

課題と課題のつらなり

能力と能力の連なりの中で

時を超えてゆく能力を高めた結果の産物なのである

ありがとうございました