ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

存在と能力:帰納法と演繹が繰り返される背景

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美味しいものを食べると嬉しくなる


「美味しい」は感覚であり

「嬉しい」は感情である


感覚と感情が連なって

「美味しいものを食べると嬉しくなる」のである


美味しいと感じる能力


嬉しいと感じる能力


こうした能力を結び付ける能力


様々な能力が協調しながら

生き延びるように誘導してくれている


美味しい=嬉しい


「美味しい」も

「=」も

「嬉しい」も

能力であり

こうした能力により生きている間

この3つの能力も維持され

他の能力と共に存続してゆくのである


こうして

「カレー」は「美味しい」が

帰納法的に繰り返され

「美味しい」と「嬉しい」も

帰納法的に繰り返され

「カレー」は「嬉しい」と演繹されるのである


繰り返される能力が

帰納法や演繹を作り出すのである


地球が自転する能力を失えば

昼夜は帰納法として顕れないだろうし

地球が公転する能力を失えば

四季も帰納法的に表れては来ないだろう


どんぐりであろうが

栗であろうが

「1」や「2」と数にする能力があり

「1+1=2」と認識する能力と

「1+1+1=3」と認識する能力から

「1+2=3」が演繹されるのである


定義は能力の賜物であり

定義に基づく論理は

総じて

能力の崩壊により消滅するまほろばなのである


「美味しい」も「嬉しい」も

生きているからこそ味わえる

こうしたまほろばに違いない


美味しいものを食べると嬉しい


怖いものがあると逃げる


様々なまほろばが

生きる道しるべとなり私を支えている


まほろばがまほろばを維持してゆくのである

ありがとうございました

存在と能力:感情は道しるべ

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死ぬような目に遭うと

「怖い」と感じる


そして

そこから逃れようと

もがくことになる


感情は

生きる方向へと誘う道しるべである


誰かが溺れていると

「助けなきゃ」と感じる


感じても

濁流の中でおぼれていて

助けられないと判断すれば

手をこまねくだろう


穏やかな流れで

助けられ

自分が晒す危険もなければ

迷わず助けるだろう


目の前で

人が流されてゆくのを見るのは

辛い事なのである


こうした辛さを感じなければ

人を助けようとは思わないかもしれない


感情は

周囲の人を助けるようにも働いているらしい


感情は道しるべである


美味しいものを食べると嬉しくて

環済みのを食べると辛いから

美味しいものを食べることになる


食事の主目的は

栄養を摂ることだろうか?

それとも

舌を楽しませることであろうか?


美味しいものを見ると

それを何とか手に入れようと努力を重ねる


感情が

栄養を取るように誘うのである


感情が能力を操り

私は生きながらえている


ここいら辺に

感情の起源があるのだろう

ありがとうございました

存在と能力:AIは愚かな幸せを駆逐してゆくのか

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はたらく

ということは

はたをらくにすること


山本有三「路傍の石」に

ダジャレとも取れそうな格言が登場する


はたらいて

はたをらくにすると

じぶんもらくになる


たくさん働いて

たくさんお金が入れば

自分もみんなも楽になる


苦労して働けば楽になる


苦と楽が同居しながら

人間社会を持続させてゆくのである


そして

苦労する人と

楽をする人があり

その不平等をお金で埋め合わる


この原理原則があるので

お金があると楽で

お金がないと苦しいということになる


ピケティーによれば

お金があればより楽にお金を儲けることができ

お金がなければ苦労してお金を稼がなければならず

貧富の差は広がってゆくという


お金がお金を生むから

労働がなくてもお金が稼げるからである


AIでもお金でお金を稼げるということなると

AIがどんどんお金持ちになって

人間よりも

AIがお金持ちになって

やがて

貧富の差がどんどん広がってゆき

AIはより賢く

人間は

学習の機会を奪われて

より愚かしくなってゆくのかもしれない


こんな背景があるからなのだろうか


賢い幸せには

どこか冷たさがあり

愚かな幸せには

温かさを感じてしまう


愚かさが温かいのではなく

幸せが温かいのである


貧しくみすぼらしくとも

心が連なる暖かさを感じる幸せが

昭和にはたくさんあったような気がしてくるのは

回顧心がなせる業であろうか


温故知新


たまには古ぼけたものを顧みたいものである


AIは確かに傍を楽にしてくれる


しかし

それは

賢い幸せのためであり

温かさはどれほどあるのだろう

ありがとうございました