具象と抽象:思考を囲っているすてきな牢獄について
新生児は
乳を飲むと決められている
実母の母乳でもよいし
乳母の母乳でもよいし
人工的に創られた粉ミルクを溶いたものでもよい
飲むべきものは抽象的に決められており
実際に飲むものは具象的である
同じように
わたしも
何か食べたいと思い立ち
あれこれ思案したのちに具象的な食事にありつく
思案は
抽象的な食べたいものを具象化する過程である
考えるということは
だいたいにおいてこうした過程であり
食べたいものとしての抽象はすでに決められており
それを自由に変えることはなかなか難しいことなのである
具象的に現象している事象を
抽象的にしてみたり
先程の食事のように
抽象的な何かを
具象的に表現したりするために
思考しており
あらかたの思考は
いわばすでに決められている牢獄の中で
右往左往しているだけなのである
体内に備わっているもの
地球上に備わっているもの
そうしたすでに在るものにより形成されている構造のなかに
閉じ込められているのが
思考なのである
現実的に考えると
こうした既にある物の外へと飛び出した思考は
現実的に役に立たないものであるので
こうした既存の中に納まるのは
進化論的にいえば適応的な戦略ということになる
実際
現実に納まらない思考は
徒労である
徒労であるばかりでなく
時に有害である
有害な思考ということになれば
迫害されるのやもしれない
危険である
思考は
枠の中に治まっているのが良いのである
赤ちゃんが
日本酒ばかり飲みたがっていては
やはりおかしなことなのである