存在の認識:方務的調和と両務的調和
私は
お天気に対応しなければならない
夏の暑すぎる日差しを避け
冬の暖かな日差しを求め
雨風をしのぎながら暮らしている
ここに片務的調和が成立している
天気は私にお構いなしに変わり続け
そんな天気に私は追従している
天気と私の間の調和は
私の一方的な努力により成立しているのである
こうした片務的調和を維持するために
私は
天気を認識し
認識された天気に応じて
私は為すべきことを実践している
私は
天気から
為すべきことを与えられているのである
その為すべきことを実践するために
天気を認識しているのである
もっぱら私の認識能力と実践能力により
私と天気の間の方務的調和が維持さえている
こうした体外的な関係と異なり
私の体内は双務的調和に満ち溢れている
私の右手は
私の痒い所を知っているかのように
その場所へと延びそこを搔く
体の中の酸素が不足すると
息は荒くなり
栄養が不足してくると
食欲が増す
互いに互いの求めるものを認識し
為すべきことを実践している
こうした能力の総和として
私が成立している
さて
片務的調和においても
両務的調和においても
認識と実践の能力により能動的に調和が促されている
IF(認識)THEN(実践)
特定の認識が
特定の実践を為されることにより
調和が促されるのである
これは一言でいると
反応
である
生命は
円環的に持続する調和の体系であり
それを実現する反応の総和ということになる