一体化:不完全な現実との一体化
意識の世界と
意識の外の世界は
完全なつながりではなく
知覚や感覚で連なっている
この連なりを
強固にすればするほど
現実をよく知るということになる
このように
知るということは
意識が現実との連なりを深めてゆく動態だ
連なりが深まれば深まるほど
意識は現実と
一体感を持つようになる
趣味の世界は
趣味の対象となる現実と
それに興味を持つ者の意識の連なりの深まりにより
維持される世界観だ
趣味ごとに違う現実との連なりを深めてゆくのだから
意識は
実に様々な現実と親和できる潜在を持っている
逆に言えば
興味がわかない分野があるということで
意識と現実と一体化は
常に不完全に留まっているということもできるだろう
たとえば
世界中の人に名前がついていても
その全員の顔と名前を一致させることなど
誰にも為し終えない壮大な仕事量になる
こんな壮大な仕事を
AIが人間に代わって請け負う時代がやってきた
コンピュータの中に
次々と現実との連なりを創ってゆき
それを眺めれば
現実を知ることができる仕組みが
整いつつあるようだ
身近なところでは
雨雲レーダーで
雨雲の様子をスマホで眺め
現実の雨雲の様子を空を眺め
両者の一致を知覚するようになってきた
コンピュータの発達以前には
対象としての現実と
頭の中にある現実の一致性を
主として悟性が判断してきたが
いまは
それに加えて
コンピュータの中の現実との一致性も判断するようになってきた
いや
考えてみれば
コンピュータの発達以前も
人々が交わされるの言葉の中に描かれる現実との一致性も
判断してきている
人々の間で取り交わされながら描かれている現実が
コンピュータの中にどんどん集約されてきているということかもしれない
世間を気にしながら
様々な物事を判断してきた
これからは
判断の基準が
どんどん
コンピュータの中にある現実へと
すり替わってゆくのだろう
人間を疎外する原因も
世間様から
コンピュータに移行するということだ