制約と自由:理性の立ち位置について
夜眠りはじめ
朝起きる
その間
私の理性は眠りにつき
その活動は
極めて低下しているのだろう
寝ている間の記憶はほどんどないのは
理性の働きが悪くなっている証左の一つである
理性は疲れやすく
心臓のように一日中働いているわけにはいかないのだろう
何しろ
理性は様々な欲求を
何かしら理由をつけて押さえつけている
様々な欲求の自由な活動を抑え
これらの活動を制約しているのが
理性の役割なのだから
身体の理性以外の部分から
理性はかなり煙たがられている存在ではなかろうか
そう考えると
理性が眠りにつくのは
理性が単に疲れるからではなく
身体の他の部分に眠る様にしむけられているのではなかろうか
とさえ思えてくる
理性が寝ている間に
身体の他の部分は
きっと
鬼の居ぬ間の洗濯をしているに違いない
生体にとっての理性の立ち位置は
まあ
こんなところなのだろう
行き当たりばったりのことばかりを言う上司の様に
煙たがられ
命の躍動を何かと制約する
なんとも迷惑でいて
それでも居ないとなると指揮が乱れてしまい困惑してしまう
そんな居なくてはならない警察官の様な存在なのだろう