制約と自由:「猫に小判」という自由
猫に小判
小判に反応できない猫が不憫なのだろうか
それとも
小判に反応してしまう人間が不憫なのだろうか
さて
猫は小判に対して自由である
ところが
人間は自由ではないられない
発情期の動物が
異性を見るように
人間は小判を見つめなければならないようになっている
能動的に特定の反応を起こすように
しむけられ
制約されているのである
この制約により
繁殖をめぐる同性同士の戦いのごとく
小判を奪い合う戦いが繰り広げられ
勝者がほくそ笑む
小判という
愉しみが生み出されたと言えるのかもしれない
小判に心を乱し
それを追い
人生を駆け抜けてゆくと
生命が鼓舞されるのである
ある意味
ありがたい導きである