構造と恒常:古代ローマを彷彿させる風呂場の景色について
円形のお風呂の中央に
図太い噴水が設置されていた
お湯の湧きだし口が在るのだろう
そこから
直径15cm
高さ10cmほどの水柱が立ってるのである
私も
ゆったりと温泉に浸かり
この水柱を眺めていた
水柱は
刻一刻とその姿を微妙に変え
どの瞬間をとらえても
今の姿は二度とみられないのではないかと思われるほど
微妙に複雑にその姿を変え続けている
しかし
その姿のどれをとっても
同じ水柱としての範疇に入っているのである
動きながらその姿をとどめ続けている水柱に
自らの身体を重ねてみた
私も動きながら私を維持しているのである
肉眼で見ることはかなわないけれど
きっと
水素元素の電子軌道も
この水柱のように
姿を変えながら同じカテゴリーに属する形状を維持しているのだろう
同じ動きが繰り返されている
無限に続いてゆくのだろうか?
この水柱の動的構造の恒常性に
どの様な存在意義があるのか?
この意義を問う問いの虚しさに
その答えが在るのだろう
意義は意義を見出す者が創りだす神話であり
その神話が
噴水の水柱を維持してゆくのである
私の身体にも
私の神話がこびりついている