意識と時間:旅上の夢
昔をしのぶ時
目を瞑りたくなる
感覚がもたらす現在が
過去にさかのぼることの邪魔になるので
目を瞑るのである
同じように
未来を覗き見ようと思案にふける時も
静かな場所を好むことになる
今鳴り響いている音が
未来へ旅立とうとする意識を
現在に引き止めようとするからである
このように
意識には
感覚と共にありながら
感覚を邪魔もの扱いするところがある
意識の中の過去は
感覚の記憶であるし
意識の中の未来は
とある感覚を初期値として出発した未来なのであるから
過去も未来も感覚とは切り離せないものではある
しかし
意識は
感覚を邪魔にしなければ
過去や未来に
ゆっくりと浸かることが出来ないのである
今の感覚は今でしかなく
過去でもなければ未来でもない
だから
過去や未来に旅立つときには
今をないがしろにしなければならないのである
それは
京都を旅する時に
あるいは
ヨーロッパを旅する時に
自宅を留守にするようなものである
ふらんすに行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめて新しき背広をきて
きままなる旅にでてみん。
・・・ 萩原朔太郎『旅上』より
いつもとは違う時空へのあこがれを
意識は持つものらしい
それでもまた
いつもと同じ時空へすがりつく性向もまた
意識は持っているらしい
旅はあっという間に終わりをつげ
再び永い日常へと戻ってゆくのである
日常の未来は私の懐に在り
旅上の未来は私の懐には入っていないのである
まあ
それはそれで
どちらもそれぞれにありがたい