ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

 動的秩序は規則的反応の調和的集合体。ルアーは反応をもたらす物質の最適化の象徴。情報の流れの中で規則と調和が繰り返えされる。

還元主義と全体主義のせめぎあい


進化論をめぐるテーマに
集団が自然選択の客体となるか?
というのがある


生命の階層として
遺伝子ー細胞ー臓器ー個体ー個体群
というくくりがある
(非常に大雑把な階層分けですが)


上のテーマは
個体が集まって形成される個体群の良し悪しが
進化に影響するか?
そういう設問だ


風呂敷を広げると
国や企業などの集団のために
個人を犠牲にする戦略が
進化論的に裏付けられるか否か
という話だ



この設問を考える前に
遺伝子は自然選択の客体となるか?
ということを考えてみよう


ホルモンAをコードする遺伝子が突然変異を起こし
ホルモンBをコードする遺伝子になったとしよう
このホルモンBはホルモン受容体αに結合できず

ホルモン作用を発揮できない

このような状況ではホルモンB遺伝子は淘汰される遺伝子候補だ
ところが
ホルモンA受容体αをコードする遺伝子が突然変異を起こし
ホルモンBと結合する受容体βをコードする遺伝子になった場合には
逆に
ホルモンB遺伝子が選択され
ホルモンA遺伝子が淘汰される遺伝子候補となる


遺伝子は他の遺伝子如何により
その生存の有利性が変化するのだ


とすれば
個体全体においてのみ
遺伝子の機能を測れる状況があり
遺伝子単独ではその良否が判断しきれないということになる


このような関係の恣意性は
言語における
言葉とその意味の関係と同じである


すれば
他の言葉との差異が明確であるほど
この言葉としての価値が上がるのであり
個々の遺伝子の個性という点では
遺伝子そのものにおいても
生存可能性が変化することにもなる


評価の基準が代われば
結論が代わる


「理屈と米粒はどこにでもつく」という


最初の設問も同じように
なんとでも理屈は描けるだろう


ただ
遺伝子間の関係
細胞間の関係
臓器間の関係に比べ
個体間の関係は
緩やかで任意性の高い関係であることに
留意しなければならないだろう


ーーーーーー
メモ


偶然に関係したものが
必然のような関係になるように


任意の関係が
強制のような関係になることがある


情報に生きる生命は
情報に縛られる


情報は過去を未来に送る機能を持つ


情報に縛られ
いつの間にか
そこから抜け出せなくなっている


よくあることだ


私らしくあろうとして
私を失ってしまう覚えはないだろうか?



ありがとうございます


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