反応と恒常:自分自身に宿った法則を順守するということ
モンシロチョウの幼虫は
キャベツなどのアブラナ科の植物を食べるけれど
モンキチョウの幼虫は
クローバーなどのマメ科の植物を食べ
キャベツなどには目もくれない
葉っぱなら何でも食べるというのではないらしい
これは
栄養というより
植物の作り出す毒のためであるという
毒というと大げさかもしれないが
植物にはそれぞれ特有のにおいがある
苦みや辛味があったりもする
蝶の幼虫にも
嫌な匂いや味があるのだろう
いい匂いのする美味しい葉を食べていると
蝶の幼虫は
すくすくと大きく育つようにできているに違いない
モンシロチョウの幼虫に
クローバーばかり与えていては
死んでしまうのである
幼虫たちは
それぞれに
食べるべきものに対しては
食べるものとして反応し
食べるべきでないものに対しては
忌避すべきものとして反応するのである
自分自身の備わった反応の法則に従い実践することが
生きることに連なるのである
そして
その法則で生きられないということになると
その法則は有用でない法則ということになり
自分自身の中から消滅してゆくことになる
蝶の幼虫たちは
自分自身の持ち合わせた法則の良否を
自分自身の命を懸けて試し続けているのである
だから
蝶の幼虫は
それぞれの食草がない環境には棲んではいない
食草など
生存に必要なものが十分にある環境で
それらに反応しながら
恒常を維持しているのである
そして
反応すべき何かが欠けているとなると
それに反応できず
自分自身の法則を全うできなくなり
消滅するのである
こうした意味で
生命は反応する主体であり
反応する客体を求め続けなければならない存在ということになる
恒常を維持するために
欲望の法則を実践し続けてゆくのである
この実践において
蝶の幼虫たちも
あるいは幸せを感じているのだろう