妄想と現実:「仲間」「踏み絵」「敵」
隠れキリシタンを暴くために
踏み絵が行われた
キリストでなくとも
誰か知っている人の肖像を足で踏みつけるのは
気が引ける行いである
ましてや
それが日本を象徴する天皇であると
恐怖すら覚えることになる
SNSの炎上ではないが
踏み絵をすることにより
仲間を失い
退治すべき敵が多数現れるような心持がしてくる
踏み絵を強要されたキリシタンも
きっと同じような恐怖を感じたに違いない
宗教を通じて熟成してきた
仲間や
そんな仲間と共に形成してきた社会から
縁を切られ
さらには
敵として対峙しなければならなくなる恐怖である
未だ現実として現れていない未来を妄想し
恐怖し
踏み絵を踏み止ませる
妄想が行動因を形成するのである
社会という妄想が
精神を制御している一側面を
踏み絵から漂ってくる