定義と現実:語り得ぬものに対しては沈黙しなければならない
意識の中では
時間は過去から未来へと一瞬にして移りゆく
このような時間は
定義として存在している
意識の対象としての空間が存在している時間を
過去と定義すれば
今は過去になり
10分後と定義すれば
思考空間は10分後の未来に移動するのである
こうした
時間の移行にともない
空間内にある物質も10分後の未来の状態へと変化する
この変化も
定義された物質の性質に伴う変化を反映したものであり
物質の性質の定義が変われば
10分後の物質の状態も変わることになる
定義により
時間と共に変わる現象は
定義された時間の移行とともに変化し
定義により
時間とともに変わらない現象は
定義された時間が移行しても
永遠に同一であり続けるのである
こうした定義の世界においては
不老不死とされた命は
不老不死であり
火の鳥は
死んでも再び復活すると定義されれば
死んでも復活するのである
そしてまた
約束された民は
約束された未来にたどり着き
平和な国は
平和なまま永遠に存続することになる
定義の世界では
定義されていないことは起こらない
語り得ぬものに対しては沈黙するのである
さて
現実の全てが定義されていれば
現実と瓜二つの定義の世界が成立するのだろうが
なかなか全てを定義できないから
現実世界と
定義の世界に齟齬が生まれる
定義の世界の「想定外」が
現実として現れる原因である
そしてこのような事態に遭遇すると
意識の世界は
この「想定外」とどの様に付き合うのかについて
考えさせられる
現実を愛するべきなのか
現実を憎むべきなのか
現実を変えるべきなのか
定義を増やしたり変えるべきなのか
多要素が複雑にからみあう現実に対峙する定義の世界は
その現実に応じて
定義が多様化し重層化し複雑に絡み合う世界に変貌しなければ
現実に適応しきれないということになる
定義の世界は
適応しきれない部分について
「想定外」を許容しながら現実と向き合う外はない
単純な生物は定義が少なく
現実との対峙の中で「想定外」に遭遇する可能性が高く
一般的に
単純な生物ほど成長途上で命を落とす
生命が自ら定義した生きる術を
途上で中断せざるを得なくなるのである
生命が創った定義が
現実の世界において
自然選択により淘汰選択されているのである