無限ループ:引き継ぐ能力と引き継ぐ生き様
見ることで
見られている世界と連なっている
この連なりにより
リンゴが地面に落ちる世界にいれば
リンゴは落ちるものと認識し
リンゴが空に向かって上昇する世界にいれば
リンゴは昇るものと認識することになる
見る能力により
見られている世界と
見ている世界の間が
連なっているのである
リンゴが落ちる世界から
リンゴが昇る世界へ引っ越すと
リンゴは落ちるものとの認識から
リンゴは昇るものと認識するようになるのは
見る能力による
認識世界への介入があるからに相違ない
こうした介入により
リンゴを持つとき
リンゴより地面の側に手を持ってゆくのではなく
リンゴより空の側に手を差し伸べ
リンゴを持つようになるだろう
このように
環境への適応は
主体の能力による
主体外の世界と主体内の世界の連なりの形成である
植物も
太陽に向かい枝を伸ばし葉を広げるのは
太陽の光を感知しているからに相違ない
さて
植物には目がないので
私の様に事細かに世界を眺めているわけではないだろう
だから
細かなことに頓着せずに
枝を伸ばし葉を広げている
私は植物に比べると
事細かに外の世界を眺めは
こまごまと生きるように仕向けられているようである
見えている世界ばかりではなく
言葉が語る世界まで眺めては
「あーでもない」「こーでもない」と思案する
それを愉しんでさえいる
それでも
そうした思案に疲れると
露天風呂に入り
植物のように
全てを見ているようでいて
何も見ていない心情を愉しむことになる
そんな時
リンゴがふわふわと
空に昇って行ったとしたら
私は何を想うだろう
染みついた習慣という垢が
洗っても洗っても
頭の中にこびりついている
記憶の無限ループである
勝てるつもりで戦争を始める
きっといつまでも
勝てるつもりでいるのかもしらない
無限ループの中
生命が蠢いている