言葉と意識:妄想の循環と能力の循環
現実的でないことを
机上の論理ということがある
そうはいっても
正しい論理も机上から生まれている
論理は机上で生まれ
机上から離れて実践され
上手くいけば
正しい論理と言われるのである
実践されないから
机上の論理ということなのだろう
夢のような車を机上で設計できても
これを実際の車として製造しなければ
その設計は空虚な妄想ということにしかならない
宗教的理念も
平和憲法も
実践され評価されて
はじめて正しさが実感されるということになる
しかしながら
実践を省いた
言葉と意識の循環のなかで
恋は育ち
その恋を実践にさらされることに恐れを抱くのも
人間の心情である
現実から離れた世界で
恋を憩うのである
机上の論理を楽しむ心情は
こうした恋心と相似している
否定されることが怖いのである
大切に守りたいのである
何千年前の種子が発芽することがある
発芽するともう後には引けない
宿している能力が実践として試されるのである
意識というものがあるのなら
種も発芽するには
随分と勇気がいるに違いない
発芽するのが怖くても
「ダメなら最初からダメだった」と
半ば諦めて発芽するのだろうか?
タンポポが
たくさんの種を風に乗せまき散らしている
そのうちのどれだけの種が花を咲かせるに至るだろうか?
ダメで元々で種をまき散らしている
言ってみれば
無用の用を繰り返しているのである
ダメがもともとであるが
たまにはうまくいくのである
机上の論理も
実践し試されているうちに
たまたま正しい論理になるのである
机上と実践の間で
能力がうまく循環しはじめたら
しめたものである
そのためにも
優秀な机上の論理をたくさんため込んで
立派な種を造らねばならぬのだろう