予定と実践:量子的な進化現象について
同じ状態が
過去にも今にもあると
それは存在として認識されるが
一時の状態は
存在として認識されにくい
古生物の化石を
時代順に並べると
斬新的に形態が変わってゆく
斬新的進化の痕跡を見つけることもできるが
ある時期に
突然に表れたり
大きく変化したりする形態も見出すことが出来る
後者のような突発的な進化の痕跡から
突然変異で進化したのではなく
神様の様な何らかの特別な力があって
進化するというような考えも議論されたりする
しかし
化石の発掘が進むに従い
突発的な進化とされてきた形質についても
中間形質が発見されるようになると
特別の力ではなく
突然変異の蓄積により進化が進むことが
広く支持されるようになる
過渡期の中途半端な状態は
0℃付近の限定的な環境で存在する氷水のように
その存在確率が小さいので
安定的に存在しているものに比べて
知覚される機会が
極めて低いのである
氷と水のように
ゆっくりと変化するのであると
氷水の状態を目で見る機会はあるのだけれど
急激に変化するのであれば
氷水を見る機会がないままに
一瞬にして氷が水になったように見えるだろう
そうなれば
氷から水に変わるのも
アナログな現象というよりも
量子的現象ということになる
大体において
原子内の電子は
人間の目で追えるスピードを基準にすると
恐ろしく速いスピードで物事が進行している
原子内の電子のエネルギーレベルも
本当はアナログ的に変化しているのかもしれないが
安定して同じ電子軌道を描いている電子しか
人間には認識できないので
量子的にふるまっているように見えるのかもしれない
原子核との関係において
安定した電子軌道をまわるためのエネルギーレベルが決まったいるので
それ以外のエネルギーレベルの状態に仮になったとしても
長続きしないせず
観察されていないだけなのかもしれないちうことである
安定期と異なり
過渡期は
安定した予定を描き
安定した実践を為し得ない状態である
同じことを繰り返すシステムが
安定して機能していない状態であ
江戸から明治にかけての維新の時代には
安定した保守が機能しなかったに違いない
時代の大きな流れを
1000年
あるいは10000年という巨視的な目で眺めれば
量子的に江戸から明治に変わった風に見えるだろう
人間は
同じことを繰り返す状態を
よりよく認識するようである
そのことにより
未来を予想できるからなのだろう
一つ違えば違う未来が待っているような
混沌の時代は未来を予想しがたいが
同じことを繰り返す安定した時代の方が
よっぽど未来が予想しやすいのである
予想しえないことは証明できない
そこで科学は
未来予想が難しい過渡期のことを省略せざるを得ない
すると
量子的な現象が見えてくるのである
突発的な進化も
そんな量子的な現象の一つなのだろう