ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

予定と実践:誤魔化すことの費用対効果


バレリーナの柔らかな身のこなしには
驚くほかはないのだけれど
ゴワゴワに凝り固まった私の身体にも
あのような柔らかさを宿すことは
不可能とは言えなくもないのだろう


日々
バレリーナ以上に体を動かし続ければ
きっといつの日にか
私の身体にも
柔らかな関節が戻るに違いない


しかし現実的には
それが出来ないので
私の身体は
ゴワゴワに凝り固まっている


この凝り様も
左右対象であればまだしも
左右非対称であり
前後非対称であるらしく
身体がゆがんでしまう始末である


その結果
体のあちこちに不具合が現れる


まだ大きく傾いていないので
自分では
普通に歩けている気でいるのだけれど
やがて
身体を大きくやらしながら
ぎくしゃくと歩くようになり
歩くたびに
股関節やひざに痛みが現れたりもするのか知れない


そして
そうなってから
医者に通い
「直してくれ」とせがむのである


昨日サウナでこんな会話を聞いた


「〇〇さんはこの頃見ないなあ」
「いやあ、体調が悪いらしい」
「まあ、前からいかないようだったが」
「この間、
 『直してくれなければほかの先生を紹介してくれ』
 と力んでいたぞ」
「あれまあ、
 『人工関節にしろ』
 と言われるのが関の山だろう」


バレリーナのような柔らかい身体になれれば
股関節の痛みは消えるだろうに


なれなければ
誤魔化し誤魔化しやってゆくより仕方がない


人工股関節を入れなくてはならないほど
私はまだくたびれてはいないのだけれど
誤魔化しながらいるには違いない

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