予定と実践:集団と個人の対峙について
強くすぐれた存在の一部であることに
喜びを覚える
そのように人間はできているらしく
オリンピックで自国の選手が活躍すると嬉しいし
ひいきのスポーツチームが勝つと益々
そのチームを応援したくなる
応援することで
一体感が生まれ
選手とそれを取り巻く応援団が
一つの存在として恒常を描いてゆく
こうした集団が
競技場でぶつかり合う
勝利した者は
応援を感謝し
敗退した者は
自らの力なさを詫びる
人間は
自らの命を愉しむだけではなく
集団を愉しむようにできているらしい
こうした自発的な集団もあれば
徴兵のように
半強制的な集団もある
自発的に形成された集団にも
義務が生まれる
この義務に従うことを
嬉しく感じている時には
義務を義務とも思わないのであるが
その思いが消えると
義務の重さが残る
そんな義務に
つくり笑顔で答えていると
益々義務は重くなり
つくり笑顔が増えてゆく
「こんなはずではなかったのに」
どこかで正直にならなければならないだろう
戦争に疑問を持ちながらも
銃を操る人がいる
昔より
気楽に離婚できる時代になった
個人が尊重される時代になっている証左なのだろう
徴兵されても
それを拒める社会は
弱い社会であろうか
それとも
強い社会になれるのだろうか
生きるために
野生動物は様々な危機と闘っている
闘うための戦略としての集団に
個人はどこまで抗うことが出来るだろうか?
強くなることは
敵も強くすることになる
皆が弱ければ
強くならずとも好いのであろうが
そうもいかないところが
自由競争の難儀なところであろう
弱くても生きられるようになりたい
そんな心に
集団の義務が牙をむく
この心に抗える強さを個人は求める