悪徳と正義:繰り返される歴史の中で
悪の定義や
善の定義が一致するところで
連帯が生まれ
悪の定義や
善の定義が一致しないところで
争いが生じる
構造と構造の関係である
構造とそれを構成する主体の関係でもある
主体も構造ではあるが
主体は
構造よりも連帯が圧倒的に強く
一体性があり
緩やかな連帯で維持されている構造よりも
存在単位としての形状が明白である
生命体としての主体は
物質的にも密着しており
その存在単位は明々白々ではある
しかし
その生命体の維持において
その生命体が属する構造が重要な役割を果たしており
その構造なくしては
その生命体が維持し難いのが現実である
生殖の構造は
その際たるもので
一つの生体のみでは
その生命体を維持できないようにできている
生命には運不運がつきものである
この運不運にかかわらず
その生命体の機能的優位性に応じて生き残る様にするためには
たくさんの生命体を運不運の現場に投入しなければならない
実験において
例数を増やし検証することで
真の姿を見れるようになる
また
AIも学習を繰り返さないと
適切な回答にたどり着かないのも同じである
運不運を取り除くためには
より多く試すしかないのである
善の定義も
悪の定義も
一回限りの実践で測れるものではない
数多くの実践の歴史により
善の定義も
悪の定義も洗練されて来たのである
こうした定義を共有することで
集団としての構造が熟成されて来た
異なる集団が接すると
定義が異なるところで
その善悪が再び評価されることになる
うまく交じり合わないままでいると
不一致な部分で
デストラクションと
レストラクションを繰り返すことになる
そうした過程の末に
うまく交じり合えば
アウフヘーベンが出来上がる
現実的には
なかなかアウフヘーベンにはたどり着けない
緩やかな連帯の構造の中で
善の定義も
悪の定義も揺らぎ続け
歴史は繰り返される