予定と実践:無限後退の中の意義
生命活動は
無限後退の循環の中に在る
*
なぜ眠るのか?
昼と夜があるためなのか?
昼も夜もないモグラも寝ているという
モグラは18時間も寝ているという
寝るために生きているのかもしれない
それと同時に
生きるために寝ているのかもしれない
生きていることは
目的と実践の無限後退の循環の中に在りそうだ
食べるために生き
生きるために食べるのである
全てのことに目的がある
この前提において無限後退の循環が始まる
*
生きている時間が長いということと
生きている時間が短いということに
違いがあるだろうか?
種の誕生から
種の絶滅までの時間の長さに
意味はあるのだろうか?
無限後退する議論をしている時間が長いということと
無限後退する議論をしている時間が短ということに
違いがあるだろうか?
さて
寝ている時間が長いということと
寝ている時間が短いということの違いがあるとしたら
その状態にある時間の長さに
正あるいは負の意義があるということになる
無意味であろうが無限後退することにより
無限後退を実践できている時間に
存在できているという意義を見出さなければならぬのだろう
李図目の意義ではない
存在しているということに対する敬意としての意義である
原子核と電子
太陽と地球
言葉とその意味
相互に無限後退の循環の中に在る
*
生命は
生きるために生きている
この無限後退の循環が持続している時間において
生命活動は無限後退を実践として維持している意義を持つ
生きるために意義のあることしながら
生きることの意義を捜すのも
そうしている間に経過する時間において
有意義となるのだろう
時間をやり過ごすという意義である
寝ていても
起きていても
動じることのない生きる意義である
存在している意義である
無限後退の循環から外れると
無意味になる意義である
神もまた
否定されれば意義を失う永遠の意義である
泳ぎ続けなければ死んでしまうマグロのように
無意味を循環させる軌跡あるいは奇跡のレールの上を
走り続けなければ転げ落ちてゆく意義である