予定と実践:でくのぼうの平衡状態
平衡状態には
始まりもなければ終わりもない
始まりは
平衡状態でなく
終わりも
平衡状態ではないからである
平衡状態への入り口や
平衡状態からの出口は
遷移状態であるからである
平衡状態では
原因が結果となり
その結果が原因となって
元の原因であったことと同じ結果が引き起こされ
循環し
平衡状態が保たれている
これに対して
遷移状態では
原因が結果をもたらすが
元の現認と同じ結果が引き起こされないので
状態が遷移してゆく
恋の始まりと終わりは遷移状態
恋に倦怠期を感じていたら
それは平衡状態なのだろう
*
平衡状態の全体から導かれる論理は安定しているから
同じ過去と同じ未来を導き出す
平衡状態の一部を切り取った論理は
循環の過程の一部
たとえば
一年周期の春から夏にかけての遷移を導き出す
*
原因と結果がどこかで連なり循環する論理は
平衡状態をもたらす
その平衡状態は
他の論理が入り込まない限り
時間を超越して持続する
この論理の実践も
この論理外の実践の介在がなければ
時間を超越して持続することになる
たとえば
地球よりも大きな天体が地球に接近すると
地球の公転という循環は平衡状態から遷移状態へと
移行する
こうした平衡状態の論理や実践を維持するために
不都合な他の論理や実践を排除することにより
平衡状態が維持されると
一つの閉じたシステムとなる
この排除のための勘定を組み込んでこそ
優れたシステムということになる
だから
自分のことを勘定に入れないと
でくのぼうということになるのだろう
そんなでくのぼうが
雨にも負けず
風にも負けずに実践を繰り返せていると
なぜだろうか
安らかな喜びが感じられてくる気がする
人工的
作為的でない自然を感じるからなのだろうか
防衛力を強化しながら維持している平和から
でくのぼうの平和を差し引いたものに
人間の英知があるのだろうか
でくのぼうの平衡状態へのあこがれは
智慧の実践の足かせでしかないのだろうか
それではどこかつまらない