予定と実践:運命により決定された未来について
思考は自由なもので
全ての未来が運命により決せられていると考えることもできる
全ての未来が運命で決まっている
とまで言ってしまうのはどうかとも思うが
ここに太郎という人物がいて
この太郎の昼食について思考してみたい
会社勤めの太郎は
毎日お昼休みに近所の食堂で
カレーかかつ丼を食べている
ある日
この太郎の日常を変える運命的な出来事が起こった
転勤を命じられたのである
転勤先の近所の食堂には
カレーもかつ丼もなく
仕方がなく
太郎はその食堂で
うどんかそばを食べるようになった
転勤により
昼にカレーかかつ丼を食べるという太郎の運命は
昼にうどんかそばを食べるという風に変わったのである
昼に何を食べるかというのは運命というほどのことではなく
習慣といったほうが適切なのかもしれない
しかし
何を食べるかということは運命的なところがある
好き嫌いは生まれつき決まっているようなところがあり
極端なことを言えば
私も太郎は決して石や砂を食べない
これは
何を食べるかが
運命的にあらかじめ定まっている例証である
「人間は石や砂を食べない」と
科学の法則として定義しても
反証しがたい
仮に
石や砂を飲み込むことはできると反論されても
消化できない以上
「食べる」とは言えないだろうと再反論可能である
リンゴが木から落ちるように
人間は石や砂を食べないし
太郎は昼にカレーかかつ丼を食べていたのである
そして
そんな太郎の環境が変わり
太郎は昼にうどんかそばを食べるようになってしまった
ところで
科学の法則
運命
習慣を
ひと続きのスペクトラムと考えてみることができるのではないだろう
未来は過去と無縁ではない
この過去と未来を紡ぐ縁を
科学の法則と言ったり
運命と言ったり
習慣と言ったりしていると考えられるのではないだろうか
そして
科学の法則と習慣の違いは
縁が深いか浅いかの違いであると考えるのである
質量と質量の関係は物理学的に大変深いもので
食べ物に対する嗜好と消化しやすさも
生物学的に深いものがあるが
太郎の昼食は
大いに環境に作用されやすいということである
過去と未来の縁が深い事象は
過去から未来が予想しやすいが
過去と未来の縁が浅い事象については
未来予想がむつかしい
AIに使われているベイズの定理が
このことを示している
万有引力の法則のように
極太の運命の糸もあれば
太郎の昼食のように
細い運命の糸もあるのである
こうした見えない運命の糸に未来を託し
祈りながら
験を担いでみたりする
験担ぎを次から次へと集積させ
運命の糸を絡ませ撚り合わせ
生命はそれぞれの糸を太く切りがたいものに換えて来た
この糸に支えられ
私も太郎も昨日と同じ人間として同じように生きている
運命の糸による能動的必然の中で生きているのである