存在の認識:偽善の上に成り立つ砂上の楼閣
自分のプライドを維持するための行いは
人間関係においてコスパが悪く
他者のプライドを維持する行いは
案外とコスパが良い
それにもかかわらず
感情は
コスパの悪い方へと
私を誘う
感情は
社会性を無視した自己中のところがある
私だけの感性かもしれないが
他者のプライドのために働き
他者におもねる行いは
社会の中で生きるための偽善である
感情に逆らう偽善
社会はそうした偽善の上に成り立つ砂上の楼閣に違いない
この世に絶えて偽善がなかりせば
孤独の心はのどけからまし
偽善を求めて社会にすがり
孤独を嫌い
集団に従い生きる人間の性
人間の言葉の進化は
この性に基づくものであろう
偽善のために
言葉を発し
言葉を聞き
言葉に従い偽善を為すのである
このような人間の偽善心ともいうべき性が
言葉を存在として認識するよう導いてくれたに違いない
そして
他者を助けると心が触れ合い
心が豊かになる感覚も育ててきたに違いない
言葉の循環の中で
社会が維持され
人間が生き延びてゆく
私の感情がわたしを導くのではなく
社会の言葉がわたしを導くのである
私の知識がわたしを導くのではなく
カーナビがわたしを導くのである
「かくあるべし」
それに従いわたしは生きなければならない
こうして
私は私のプライドを捨てさり
他者の言葉の中で私を維持してゆくのである
私は感情を捨てなければ
楽にはならぬのだろう
感情を捨てなければ
効率よく生きられないのだろう
生きることが目的であるならばそれも良いだろう
感情を満たすことが目的であるならば
もっと自由を求めなければならぬのだろう