ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

主体と客体:主体であり客体であるという現実

catsdoodle


目の前にヘビがいた時

主体としての私の視覚は

ヘビを客体として捉えている


しかし

よくよく考えてみるに

ヘビから反射されてきた光は

私の網膜を刺激しているのだから

その光にしてみれば

私の網膜は

客体なのである


すなわち

私に向かってくる光に

受動的に

支配されてこそ

私の視覚は

目の前にある光景を把握できるのである


客体的となることで

外部で起こっていることを

より正確に確認できるのである


客体となることで

見たいものを見るのではなく

見えているものを見るのである


主体としてのヘビにしてみれば

とびかかり噛みつこうと見つめる私は客体である


または

踏みつぶされないように避けるべき客体でもある


そんなヘビが

川に逃げ込み

激流の中を流されていったことがあった


激流という主体の中で

ヘビは客体として

その主体性を失い

受動的に流されていったのである


主体である私は

様々な客体に囲まれている


大嵐の日

私はそれに飲み込まれそうになった


激流という客体に飲み込まれ流されたヘビ


それぞれが

主体であり客体である「今」がぶつかり合い

それぞれの未来を迎えてゆく

ありがとうございました

×

非ログインユーザーとして返信する