定義と現実:自然という危うい活性化状態
子供が描いた絵は自由である
幼児の描いた絵はどこか無秩序である
習字の師範が描いた書は優雅であるが
わたしが乱雑に描いた書は下手である
同じ題材の絵でも
上手い下手があり
同じ字が書かれていても
上手な字と下手な字がある
何か書いてあるのか
分かりやすい絵や文字もあれば
分かりにくい絵や文字もある
印字された文字に比べ
手書きの文字には読みにくい
読むことが出来ない文字すらある
明治から昭和にかけての公文書の中にも
読めない字や読むのに解読が必要な手書き文字があるから
手書き文字には困ったことがある
読み手にもわかる定義ではなく
書き手の定義ともいうべき癖で手書きの文字が
しばしば歪められている
元来
文字などというものは
紙についてインクのシミなのであるから
定常状態のシミは
幼児の書いた無秩序な絵のように
文字として読めないのが通常である
それを
定型的なシミとして文字が定義され
書き手が
能動的にその定義にあわせようと文字を描くから
文字となり
読み手がその定義を逆方向に解釈して
文字として機能しているのある
だから
定義に合致していると
分かりやすい文字となり
定義から外れるとと
分かりにくい文字になってしまうのである
限度はあるにせよ
幼児が成長するにしたがい
何となくネコを描いたように見える絵を描けるようになり
やがて
誰が見てもネコとわかる絵を描けるようになる
文字も
成長するに従い
文字を書いているとはわからないものしか書けなかった幼児も
文字を描こうとしているのかなと思えるようなものを描くようになり
やがて
あの文字かなと思わえるような文字を描き
誰しもがあの文字と判断できる文字を描けるようになる
定義が浸透し
秩序ある歪みを形成できるようになるのである
能力の獲得により
定常状態とは異なる秩序があらわるのである
地球環境も
生命がいない定常状態ではない状態が維持されている
生命が誕生しなかった地球の二酸化炭素や酸素の濃度は
どの様なものであったろう
生命が定常状態から活性化状態へと
能動的かつ恒常的に状態を移行させ
その中で
生態系が物質を定義されているがごとく動き
結果としての調和が維持されている
今眺めている自然は
定常状態からは歪められた活性化状態の自然であり
地球がもつ本来の定常状態ではない
安定した定常状態ではなく
活性化状態の
ある意味
状態が移行してゆく危うさの中で
維持されているた常態としての自然を眺めているのである
この自然の
その危うさと安定のバランスの中で
わたしも
死と隣り合わせで生きてゆかなければならないらしい