ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

素敵な阿呆が夢見る「2100年宇宙の旅」


大いなる無駄は
えてして
大いなる無駄のままではあるが
時として
大いなる発見につながることがある


ただ
大いなる無駄のままである可能性が高いので
たいていは
大いなる無駄を避けて歩くことになる
しかし
そんなことばかりしていると
進歩がない
そう思いつつも
安全な道を選ぶのが一般的だ


ところが
危うい道を選びたがる変わり者がいる


このような開拓者たちが
大腸菌のような単細胞生物にとどまらず
高等生物への進化を牽引してきた


高等生物は
一つの体にたくさんの機能を有しているから
高等と評される生き物だ


多機能を一つの個体のなかで
実践してゆくには
機能だけを増やすのみならず
機能の間を調整してゆく能力をも
増やしてゆかなければ成立しない


不完全な機能による失敗や
不完全の調整による非能率といった
大いなる無駄が繰り返されなければ
従来にはなかった機能が現れ
既存の機能と調和してゆくことはないだろう


大いなる無駄を許容することで
命を落とすような失敗もあったろう
そこまでのことはなくても
不利益をこうむりながら
なんとか生き延びてきたこともあったろう
このような失敗を乗り越えて
大腸菌ではなしえない営みが展開されてきた


これからも
大いなる無駄が
失敗しながら
発展的に試さてゆくのだろう


ーーーーー
メモ


進化は
個体の出来事ではなく
無数の個体の束が織りなす出来事だ


この太い束の中で
大いなる無駄が許容されてきた


大いなる無駄の象徴として
遺伝子の中になる
使われないDNA配列の多さが挙げられる


一つ一つの細胞に複製されるDNAのなかで
使われることのないゴミのような配列が
ほとんどを占めているという


このような無駄な配列を
せっせと複製しながら
細胞は増えてゆく


使いもしないのに
ただ何百億回もDNAを複製するのだ
とても重荷で無駄な作業だ


このような無駄の配列が
偶然に何かの機能を持ち
無駄でなくなることがありうる


ここに
無駄が純粋な無駄でない潜在がある


今までの話は
いわゆる多細胞生物の話で
大腸菌は
あまり無駄なDNA配列をもっていない


だから
効率よく細胞分裂して増えてゆくけれど
機能を多角的に発揮するようなる潜在性は
無駄がない分、たいそう少ない


たくさんの無駄とともに
束となり歩んでゆく高等生物の生き方

無駄のない大腸菌の生き方


どちらが面白い生き方なのだろうか?


やはり
高等生物たるものは


「大いなる無駄を許容する先に
新しい『何か素晴らしいもの』の可能性が花開く」


かように信じて
「あんな無駄なことを生き甲斐にするなんて・・・」
「宇宙を旅して何が楽しかろう・・・」
などなど冷静な賢者のふりをして考えず
それぞれの
素敵な人生や素敵な旅を見守りたいものである


とりあえず
無駄を実践するのではなく
無駄を見守るだけでいい
そして
見守っているうちに一緒に踊りたくなったなら
阿波踊りのように
一緒に踊ればよいのだろう


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