予定と実践:精神による実践の誘導
お腹がすくと
食欲がわき
何かを食べずにはいられなくなる
そして
精神的な満足を得るための何かを食べるのである
別段
栄養が不足して体の維持が難しくなるから
何かを食べるわけでもない
ただ
精神的な満足を得るためにしたことが
結果として栄養を補給してくれ
体を維持してゆけるようになっている
食事を摂ることの目的は
生物学的には栄養補給であるが
食事を摂ることの動機は
味覚を楽しんだり
満腹感を味わうためである
栄養補給という生物学的な目的と
空腹という精神的な動機とが
利害が一致するなかで協調しながら
食事が実践されているのである
食欲がわかず
食べ物の味覚や満腹感に魅力を感じないということになると
食事を摂らなくなり
栄養失調になり
やがて死んでしまう
食欲は
生きてゆくために必要な存在である
食欲があるということに
感謝しなければならない
この点
自動車というものには食欲がないから
ガソリンが減ってきても
自動車自身で何とかガソリンを得ようと努力することがない
だから
運転手がガソリンが切れそうになったら
これを補給してやらなければ車は動かなくなってしまう
AIが発達して自動車に取り付けられると
ガソリンが減ってくると
「早くガソリンが欲しい」なとどいうようになるのだろうか?
その口調もだんだん激しくなり
「早くしろ」
「もう限界だ」
「お前のことを恨むぞ」
などと言ったりするのだろうか?
こうなると
自動車を理性的に管理するのではなく
感情的に相手をすることになる
欲望や感情は
理屈抜きに予定を描いてくれている
そして
その予定が
それが合理的で合目的的な実践を導いてくれている
このような精神により身体が生き永らえている
身体が生き永らえないような精神は
淘汰されて来たにちがいない
むろん
将来において
淘汰されてしまうようなものでも
今の精神に宿ってもいるのだろうが
大体において
精神に従っていれば
身体も守られてゆくようである
ありがたいことである