ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

思考と実体:生きることを求めるということ


「生きなければならない」
この主張あるいは義務が思考の背景にある


内臓の要請に答える思考である


美味しいものに舌鼓を打ち
お腹がすけば食べ物を捜し
尿意や便意を感じたら用を足す場所を探す思考である


このような
生きるために必要な背景を除去したところに在る哲学は
高尚ではあるのだろうが
生きる足しにはならないなかもしれない


だからなのだろう
「生きなければならない」という主張あるいは義務が
思考の基軸の一つを形成している


生きるためである


生きるという目的に沿って
思考を巡らせている


このような目的を達成するための思考は
純粋な思考ではない


このような思考は
全てを勘案する必要はなく
ただ
目的さえ達すればよいのである


そこに偏りが生まれ
ご都合主義が生じ
争いをもたらすことになる


あまりにも大きくきらびやかな目標をたてると
生きづらくなるのはこのような事情もあるからなのだろう

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