ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

自己淘汰


兵役義務が課せられた国では
兵役にいそしまなければならないように
安楽死が認められない国では
生きることにいそしまなければならない
  ・・・ということなのかもしれない


個人の趣向ではなく
義務が個人を制圧している


生きることが当たり前の人には
生きることに義務感はないけれど
生きることがつらいと
生きることに義務感を感じるようになってしまう


このように
義務が当たり前のことだと思う人には
義務は負担のない空気のような存在となる
義務に慣れ親しんだ人には
たまに足をぶつけてしまう家具のような存在になる
しかし
その義務が苦しみであると気づいてしまう人にとっては
義務は長雨の分厚い黒い雲のような存在となる


このように
個人により嗜好が異なる義務を
一律に奉り
批判を許さないと
世の中は安定する、、、けれど


義務には
薬物と同じように
有効性と
有害性がある
そして
このバランスの中で有効性が評価されなければならない


義務を絶対的なものにしてしまうと
この評価ができないことになる


評価され続け
生命は進化し続けてきた


評価をやめると進化が滞る


義務を押し付け合い
このネットワークが社会全体を覆っている


この覆いから逃れたい人々が
様々な様式で異を唱える


時代が流れるのは
このような義務に対する反対評価が
社会の自己淘汰を促しているからなのだろう


自浄作用がなければ
腐ってゆく


私もこのままではいられないから
自分で自分に腹が立つのだろう

×

非ログインユーザーとして返信する