ルアーなお金たち、言葉たち、命たち

砂上の楼閣を上手に維持する共役反応の数々に感謝です。ルアーは反応の連鎖の象徴です。

生きている水、死んでいる水


身体のほとんどは水で
成人の約60〜65パーセントは水分だ


水は
生命物質と呼ばれる有機物ではないし
栄養素でもない
けれど
水がなければ生命は成り立たない


水は
飲まれた後
身体に吸収され
汗として蒸発したり
尿や糞として排泄され
周囲の環境と
身体の間を循環している


このように循環している水は
生命物質なのか?
それとも
単なる循環している物質なのか?


水は生きているのか?
それとも
水は死んでいるのか?



爪や髪の毛は
細胞が作り出した有機物の塊である


これらの有機物は
切り取られゴミ箱に捨てられ処分される


死んでいるのか?


死んでいるとしたら
いつ死んだのだろう


切り取られたときか?
それとも
細胞外に押し出された瞬間だろうか?



生死は
物質ではなく
現象である


たまたま
現象に巻き込まれる物質もあれば
現象とは無関係でいる物質もある


同じ水からできている雲にも
様々な形があり
様々な動きがある


同じ物質が
その動きに応じて
多様化する


隣接する他の物質に応じて
多様化する


周囲の状況により
多様化する


物質の命運は
その物質だけでは予想できない



社会の中にあって
私も
社会現象に巻き込まれる物質のようなものなのだろう


雨が降れば傘を差し
熱くなれば薄着になる


ただ
足がある
どんな現象がどこで起こっているかを
見極める感覚がある


そして
それを覚えておくことすらでき
その場所へ足を運べる


ただ現象に巻き込まれるばかりの受動的な物質ではない


私の足で水を探し
私の手で水を汲み
それを飲み
その水を
私の生命現象の中へと引きずり込む

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