忠義は 時に 悪徳を容認する 忠義のための悪徳を否定できないからだ この否定されない悪徳の被害者は 「忠義は悪徳だ」と泣き叫ぶ ここに 忠義=悪徳の公理が 局所的に創造される 同じように 正義も悪徳となる 全体の利益に報じる功利主義の局所では 不利益が渦巻く 個人は 局在しながら 全体を眺めつつも... 続きをみる
2022年1月のブログ記事
-
-
すべての物質は 互いに異なる が 認識は同質を志向する そこで 物質が構成する世界を 同質と異質の混在として模索する 同質か否かを判断する複数の存在について 同じ実践を行った結果 同じ結果であれば同質であり 異なる結果であれば異質である 法則は 異なる存在の間に存在する 同質性(共通性)の抽出であ... 続きをみる
-
文字は抽象的だ 象形文字でさえ ピカソの抽象的絵画よりも とても抽象的だ 表音文字となれば 具象的要素は排除されている このような文字の連続である文章は 抽象の積み上げであるにもかかわらず 具象的な文章も生み出す機能を持っている この機能は 言葉と写実対象の対応関係により生じている 例えば 「細い... 続きをみる
-
同じにされている存在が 同じであることに違和感が生まれると それは別々なものと認識されるようになる 異質の認識よりも 違和感が先に立つ この違和感の先に存在するものは 同じであるという認識の下でも存在していた 差異である 認識対象を基準とすれば 差異は同一に先立つ という訳だ * 同一は創られる ... 続きをみる
-
笹舟を流す川の整備には 笹舟が滞りなくなく流れる環境を作るという目的がある このような整備により 能動的に より画一的な笹舟の運航が 誘導されている * リンゴを頭の中に描き その数を数える その時のリンゴは どれもこれも 個性のない同じリンゴだ ただ数えるためのリンゴなら リンゴを区別する理由や... 続きをみる
-
子供のころ 笹舟を作り遊んだことがある 川に流し競争するのだ 笹舟を川に流すと 途中で転覆する笹舟や 途中に張り出した小枝に引っかかり動かなくなる笹舟があり 全ての笹舟が 目標地点である大きな河への合流地点まで たどり着けるわけではない このように 自然の川の流れでは 様々な要因が 笹舟の運航に影... 続きをみる
-
眠れない夜に数える羊には 個性がない けれど クラスメートを数える時には 数の中にも個性を感じる 水分子を数える時にも クラスメートの顔を思い浮かべるような個性を それぞれの水分子にも認めることが 言葉と物質の対応関係を より厳密にする方策であろうが 現実的ではない 水分子は どれも同じ水分子とし... 続きをみる
-
同じ色のおはじきでも それぞれの傷の在り様は別々であり 同じ水でも 凍っている時と水蒸気になった時では 性質が異なるものになる 加えて 水分子であっても 水素が重水素であったりすることもあるから 全ての水分子が全く同一ということではない それでも だいたい同じならば 同じにしておかないと不便で仕方... 続きをみる
-
科学実験では 再現性が求められる 同じ材料を使い 同じ方法を実践して 同じ現象を再現できれば信用できるが できなければ その実験結果は 再現性がなく信用できないということになる 同じ現象が再現できれば その実験結果は 再現性があるということは それを細かく分析すると 同じ材料を使っていたことが証明... 続きをみる
-
物まねをするシステムにより 複製が実践される 子は親を見て 物まねしながら育つ 親を見れない昆虫の子供も 親と同じように育ち 親と同じように暮らし 親と同じように子供を残し 死んでゆく 物まねをするシステムは 意識ばかりではない 生命のセントラルドグマとして DNAは複製され続けている デジタル技... 続きをみる
-
-
人間は物まねが上手い 猫や犬の鳴き声をまねることができるし 他人の話し方や歌い方をまねたりできる そもそも 言葉を習うことは物まねだ 教科書を見ながら同じように文字を書いたり 何度も同じ文章を読んだり いわゆる名作とされる文章を丸暗記したりする 科学技術も物まねだ 火の利用も 水の利用も 電気の利... 続きをみる
-
内臓は 数億年の間 動物の身体を支え続けている 従属栄養生物である動物は 他の生命から栄養を奪いながら生きなければならず 生きるために 他の生命を内臓に取り込み 消化して 栄養源として利用している 動物が食べる餌は栄養であり 餌は生命だ 生命と栄養が対応的同一関係にあるのは 内臓を中心とした生命活... 続きをみる
-
インシュリンは 血糖を下げるホルモンであるが 「インシュリン」と 「血糖を下げるホルモン」は対応的同一関係にある この対応的同一関係を維持しているのは 生体内のインシュリンの生理作用があってこそだ このように 言葉の世界の対応的同一は 言葉の世界以外に支えられている 右手の存在に 右という観念の維... 続きをみる
-
なぜ 北を向いた時の東側は右なのか? 昔からそう決まっているからなのだろうが 東西南北が無くても 右と左はあるように思えるのは 身体が左右対称であるからなのかもしれない 感覚的に 当たらの方に横を向いた時 それが右なら その逆側が左側だ 右目だけでものを見る時に 瞑る目が左目だ 身体が左右対称にで... 続きをみる
-
東は 「北を向いた時の右側」であり 右は 「北を向いた時の東側」である 北は 「北極星が現れる方向」で 北極星は 「北にあらわれる星」だ このような無限後退の渦の中で 様々な対応的同一が維持されている お日様が昇る方角が東であり 沈む方角が西である そして お日様は東から昇り 西の方角へ沈んでゆく... 続きをみる
-
コップの中の水を二つに分け そのうち一つをそのまま常温で放置して もう一つを-20℃の部屋に持ってゆくと 常温で放置された水は水溶液のままで -20℃に持ってゆかれた水は氷となる だから 水には 水溶液である状態と 氷である状態があるという そこに へそ曲がりが口をはさんだ 「コップの水を2つに分... 続きをみる
-
同じ水分子に着目すれば 水は川を流れ 海にいたり 蒸発して 雲となり 雨となり山に降り注ぎ 再び川を流れる という筋書きを描ける 川に着目すれば 川の水分子は 次々と変わってゆくけれど 川としての同一性は変わることがない という思いを描ける 物質としての着目は 物質主義的な考えで 動態としての着目... 続きをみる
-
ポルシェでも カローラでも 同じ型式の車は 皆同じ車だ けれど 同じ型式の車でも 別の所有者が買うと 別の車になる 同じ外観をしている車でも 製造番号や ナンバープレートで どの車が誰の所有化がわかるようになっており 同じ車でも 別々の車として区別できるようになっている 同じ型式の車であることは ... 続きをみる
-
異なる存在を 同一の存在と定義する すると 矛盾が生まれる 異なるのに 同一だからだ 『「言葉」は「人間が用いる情報交流手段」である』 と定義すると インターネットの電波信号は言葉であるや否や等々 様々な議論を巻き起こすことになる そこで 副次的な定義を次々と立ててゆくことになり これらの副次的な... 続きをみる
-
一辺5cmの三角形の絵を 画用紙に描く時に 一辺が5cmの三角形の絵を あらかじめ 頭の中で描いている 頭の中の三角形と 画用紙の三角形を見比べて 画用紙の三角形の直線の歪みを まっすぐに直してみたりする 画用紙の三角形が 一辺の長さが 5cmに足りない辺があったり 5cmより長い辺があったりする... 続きをみる
-
-
歳をとるに従い 身体というものは ほったらかしにしていると 壊れてゆくものだと実感する 運動をして 何とか老いを食い止めたいのだが 年相応に変わってゆく身体に抗うことは 容易なことではない 考えてみれば いくら若くても 食べ物を食べずにいれば 痩せこけて栄養失調になり 身体は劣化してしまう 身体を... 続きをみる
-
一辺が5cmの三角形を 画用紙に描いてこれを切り取る もう一つ 一辺が5cmの三角形を 画用紙に描いてこれを切り取る この2つの三角形紙切れは 同じ三角形だ 重ね合わせるとぴたりと重なる でも手を離すと別々の紙切れになる * 一辺が5cmの三角形を 画用紙に描いてこれを切り取る これとは別に 一辺... 続きをみる
-
赤色のおはじきの数を数える時 まず 赤い色のおはじきを探す この「探す」という行為なしに 赤色のおはじきの同一性は現れない おはじきが ふとした拍子に机から落ちて 床を転がって 物陰に隠れてしまうことがある こうなったおはじきは その色を見てすらもらえず 赤いおはじきとの同一性を評価してもらえない... 続きをみる
-
同一を維持するために 複数の存在が協調していることがある 原子と電子 太陽と地球 心臓と内臓 血管と筋肉 協調関係が崩れると 崩壊する存在が多々存在している 協調関係の総和としての存在が 同一性を保つ単位として認識され 数を数える時の単位ともなっている 水の数を数える時 水蒸気の状態では アボガド... 続きをみる
-
個体に固有な特徴を見出して 個体識別をしている だから カメレオンは 身体の色を変化させるている 身体の色を見て 一見して 個体を識別することは難しい これに対して シャチは 白と黒の模様が 皆それぞれに 微妙に違っているので 模様の違いで個体識別できるという 模様を変えるのも能力なら 模様を変え... 続きをみる
-
ソーセージを食べると 私の体の一部になる栄養分は まず 消化により ソーセージとの関係を分断される そして そのあと 栄養として 私の身体との関係を形成し 吸収され利用される こうして ソーセージは私の体の一部となる 栄養分は ソーセージとも 私の身体とも一体となる性質を有している * 菓子と鹿は... 続きをみる
-
私の意識と 私の身体は 「私」という同一性で結ばれている この同一性をもたらしているのは 刺激ー反応系だ 痒いところがわかり その痒いところに手を伸ばすことができるのは 刺激ー反応系が 適切に機能しているからこそだ 異なる存在の間で 刺激ー反応系が密になればなるほどに 一体感が醸成され 同一のもの... 続きをみる
-
都会を上空から眺めると 所狭しと建物が覆っている 都会の地価が高いのだから 空き地にしていてはもったいない だから 所狭しと 同じような建物が立つのだろう 都会の土地と 田舎の土地では地価に差がある 一般的に 都会でも田舎でも 駅が近いと地価が高く 逆に遠いと地価が低い このように 値段というもの... 続きをみる
-
-
言葉が報酬に紐づけされているように お金も報酬に紐づけされている 報酬が欲しいので 言葉やお金に人が群がり 言葉やお金の世界が維持されている 偽物の言葉やお金では得られない報酬が 本物の言葉やお金には紐づけされている 偽物と 本物の大きな違いはここにある 本物の証を立てるには 役に立つことが必要だ... 続きをみる
-
-
そこに行けば 何があるかを知っているということは その何かが必要な時に そこに行くという行動を誘導する そして そこに行き その何かを手にすれば 「知は役に立つ」という結果論が生まれる 知は このように より効率的な行動を誘引して その行動の結果として その知の有用性を向上させてゆく 言葉が通じ ... 続きをみる
-
心と身体が一致していないから 心が騒ぎ続け 不満がたまるのだろう たとえば 猿なのに 自分は鳥だと思っていると 「なぜ軽い身体と羽が無いのか?」 一生、不満を募らせよう 猿は猿なりの身体と心を持ち合わせ その同一性を保持し 猿らしく生きている 人間が 分相応の心を持つことが求められたりするのも 心... 続きをみる